【コラム】他者に強制されて成したこと、自分から言って成すこと。
- 2015/04/29
- 22:35
【コラム】他者に強制されて成したこと、自分から言って成すこと。
憲法記念日は1947年5月3日に現行憲法が施行されたことを以て、5月3日を憲法記念日として国民の休日となった。
占領時主権喪失期に制定された現行憲法は施行後70年弱、未だに改憲出来ずにいるのだが、現行憲法は既に役割を終え、制度疲労が著しい。
国家理念に対して国民が知的に怠惰なのか、戦後利得者の既得権益権維活動が強力なのか、何れであっても、現在の日本人が掲げる憲法としては陳腐化している。
先ず、本ブログでは現行憲法の中身をちゃんと知ることを目的に、現行憲法と帝国憲法とを比較しながら全文を読んだ。
その中で明らかになったことのうち、前文+憲法9条で日本を国家として半人前の状態にしておくとの悪意を我々は認識した。
平易に言うなら、現状は「他者に押し付けられた国家主権制限による他国平和優先」との強制されたカッコ付の「平和主義」の状態にある。
しかし、今や国際社会に於いて名誉ある地位にある我が国は、過去の呪縛から脱し【日本自身が主体的に平和を追及する】との本当の平和主義を確立すべきだ状態だと考えている。
他者に強制された平和主義ではなく、我が国が主体的に平和を希求するとの姿勢の違いは、平和主義の観点では、より平和主義が強固になり望ましい。
しかし、所謂「護憲派」は改憲に賛同しない。
何故なら、日本に軸足を置かない自称「護憲派」の目的は「平和主義」なんかにはなく、「主権制限された日本」を維持し封じ込めたままにすることにあるからだ。
曰く、「憲法9条がなくなると日本は戦争を始める」との日本人狂人説で日本人に対して中傷をしていることからも明らかな様に、所謂「護憲派」のルーツが支那や朝鮮のSinic文明側にあるからだ。
所謂「護憲派」が守りたいのは日本人が考える平和、国際平和ではなく、偏狭なる華夷秩序を維持する為に「平和」と称して日本を弱体化させたままに留め置く方便でしかない。
実際に現行憲法の前文と憲法9条で言ってることを箇条書きにすると次の通りとなる。
1)日本は「世界平和」を乱す「戦争を起こす国」だから、世界中の国の中で最劣後待遇にする。
2)「平和を愛する諸国民」が日本を管理・監視するから。独力は認めない。
3)日本の国家主権は制限する。基本的国家主権である交戦権は認めないから。
4)だから非武装って条文にしたから。
明らかに他者に押し付けられた国家主権制限による他国平和優先主義である。
明治維新により近代国家として、議会制民主主義・立憲主義・法治主義の掲げた帝国憲法下、我が国は維新後わずかな年数で世界の1等国になった。敗戦に伴い上記の様な理不尽なる内容の現行憲法を強要されたが、新日本建設の礎として愚直にもこれに従い、ハンディ背負いながらも立ち上がり、今や国際社会に於いて名誉ある地位を占めている。
現在の我が国の実態と現行憲法の主権制限状態では身の丈に合わず、むしろ護持すべき国民を危険に曝す状態となっている。我が国の戦後70年の理念、行動を一切無視して、嘘と捏造の物語を創作している一部特定アジアとの特殊な周辺国の偏向を除けば、今や我が国は主体的な平和主義を掲げ特定アジア諸国以外の諸国と協調し実際に平和維持活動をすることが期待される時期になった。
今や70年前に想定されていたのとは真逆の状態になっている。
米国、豪州、インド、アセアン諸国等から聞こえてくる声は消音される一方で、世界標準とは異質な華夷秩序を基本理念とする特定アジア諸国の虚偽・捏造話は増幅され「報道」され、我々日本人は世界の声を歪めて伝えられており、正しく判断することを妨害されている状態だ。最初から現行憲法は我が国身の丈に合わない押し付けであったのだが、今や限界を超えて無用な憲法となっている。
平和を希求するなら、我々日本人自身で平和を希求すると宣言する憲法にしようではないか。
国際社会が我々日本に平和貢献を要求しているのだから、それに答えようではないか。
現行憲法を改憲することを拒否している奴等の本音は、支那大陸・朝鮮半島の視点での「平和」であり、世界の平和・日本の平和ではないのだから「護憲」「平和憲法」なる虚偽に騙されず、我々自身が考える真の平和主義の憲法に改憲すべき時代になった。
そうなのだ、現行憲法は既に役割を終え、制度疲労著しいのだ。
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憲法記念日は1947年5月3日に現行憲法が施行されたことを以て、5月3日を憲法記念日として国民の休日となった。
占領時主権喪失期に制定された現行憲法は施行後70年弱、未だに改憲出来ずにいるのだが、現行憲法は既に役割を終え、制度疲労が著しい。
国家理念に対して国民が知的に怠惰なのか、戦後利得者の既得権益権維活動が強力なのか、何れであっても、現在の日本人が掲げる憲法としては陳腐化している。
先ず、本ブログでは現行憲法の中身をちゃんと知ることを目的に、現行憲法と帝国憲法とを比較しながら全文を読んだ。
その中で明らかになったことのうち、前文+憲法9条で日本を国家として半人前の状態にしておくとの悪意を我々は認識した。
平易に言うなら、現状は「他者に押し付けられた国家主権制限による他国平和優先」との強制されたカッコ付の「平和主義」の状態にある。
しかし、今や国際社会に於いて名誉ある地位にある我が国は、過去の呪縛から脱し【日本自身が主体的に平和を追及する】との本当の平和主義を確立すべきだ状態だと考えている。
他者に強制された平和主義ではなく、我が国が主体的に平和を希求するとの姿勢の違いは、平和主義の観点では、より平和主義が強固になり望ましい。
しかし、所謂「護憲派」は改憲に賛同しない。
何故なら、日本に軸足を置かない自称「護憲派」の目的は「平和主義」なんかにはなく、「主権制限された日本」を維持し封じ込めたままにすることにあるからだ。
曰く、「憲法9条がなくなると日本は戦争を始める」との日本人狂人説で日本人に対して中傷をしていることからも明らかな様に、所謂「護憲派」のルーツが支那や朝鮮のSinic文明側にあるからだ。
所謂「護憲派」が守りたいのは日本人が考える平和、国際平和ではなく、偏狭なる華夷秩序を維持する為に「平和」と称して日本を弱体化させたままに留め置く方便でしかない。
実際に現行憲法の前文と憲法9条で言ってることを箇条書きにすると次の通りとなる。
1)日本は「世界平和」を乱す「戦争を起こす国」だから、世界中の国の中で最劣後待遇にする。
2)「平和を愛する諸国民」が日本を管理・監視するから。独力は認めない。
3)日本の国家主権は制限する。基本的国家主権である交戦権は認めないから。
4)だから非武装って条文にしたから。
明らかに他者に押し付けられた国家主権制限による他国平和優先主義である。
明治維新により近代国家として、議会制民主主義・立憲主義・法治主義の掲げた帝国憲法下、我が国は維新後わずかな年数で世界の1等国になった。敗戦に伴い上記の様な理不尽なる内容の現行憲法を強要されたが、新日本建設の礎として愚直にもこれに従い、ハンディ背負いながらも立ち上がり、今や国際社会に於いて名誉ある地位を占めている。
現在の我が国の実態と現行憲法の主権制限状態では身の丈に合わず、むしろ護持すべき国民を危険に曝す状態となっている。我が国の戦後70年の理念、行動を一切無視して、嘘と捏造の物語を創作している一部特定アジアとの特殊な周辺国の偏向を除けば、今や我が国は主体的な平和主義を掲げ特定アジア諸国以外の諸国と協調し実際に平和維持活動をすることが期待される時期になった。
今や70年前に想定されていたのとは真逆の状態になっている。
米国、豪州、インド、アセアン諸国等から聞こえてくる声は消音される一方で、世界標準とは異質な華夷秩序を基本理念とする特定アジア諸国の虚偽・捏造話は増幅され「報道」され、我々日本人は世界の声を歪めて伝えられており、正しく判断することを妨害されている状態だ。最初から現行憲法は我が国身の丈に合わない押し付けであったのだが、今や限界を超えて無用な憲法となっている。
平和を希求するなら、我々日本人自身で平和を希求すると宣言する憲法にしようではないか。
国際社会が我々日本に平和貢献を要求しているのだから、それに答えようではないか。
現行憲法を改憲することを拒否している奴等の本音は、支那大陸・朝鮮半島の視点での「平和」であり、世界の平和・日本の平和ではないのだから「護憲」「平和憲法」なる虚偽に騙されず、我々自身が考える真の平和主義の憲法に改憲すべき時代になった。
そうなのだ、現行憲法は既に役割を終え、制度疲労著しいのだ。



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