緊急事態条項の要件に基づく考察2
- 2017/07/30
- 22:30
緊急事態条項の要件に基づく考察2

副題:緊急事態条項・条文議論の基礎知識7
提示した要件で各国憲法を見てみる。今回はスイス、スウェーデン両国憲法である。
前回論考「緊急事態条項の要件に基づく考察1」の続きである。
緊急事態条項の条文上の要件を策定した経緯、要件自体の策定・検証過程は、前回論考及び、それの文末脚注にある各論考の通りである。
前回は、以下の要件でG7主要国憲法をあらためて見てみたが、今回は、それ以外の国の憲法を要件を軸足に見てみる。
<緊急事態条項の要件>
1):憲法で規定すべき
2):緊急事態である旨の宣言をする決定権は議会(国会)が持つべき
3):困窮自体対応体制の終了権限も議会(国会)が持つべき
4):議会の、終了権限を行使する時期を予め規定で明示すべき
5):国会議員任期の特例規定として緊急時の議会(国会)継続規定が必要
とは言え「G7主要国以外の国の憲法」となると、現在、世界には約200ヶ国あり、それら総てを取り上げることは、たった一人の個人が余暇に研究しているとの状況では不可能である。そうなると、約200ヶ国の中から、何処かの国を選ぶことになるのだが、ランダムに選んでも参考にならないケースがあると思われるので、続けている論考の軸足=「緊急事態条項の必要性」「緊急事態条項で何を書くべきか」等に何等かしらの参考になると思われる国々の憲法をピックアップすることにした。
それらの国々の憲法の緊急事態条項は、予め、資料編にて提示してある。
1.スイス憲法を事例に
先ずは、その昔、社会党あたりが褒めちぎっていた「永世中立国」スイスの憲法を見てみる。同国憲法の緊急事態条項は文末脚注(*1)の資料編で明示してあるので、それを適宜引用しながら論考を進める。
同国の緊急事態条項は、第173条の「連邦議会の権限」のうちの「その他の任務及び権限」を定めた条文及び第185条の「連邦参事会と連邦行政の権限」のうちの「対外的及び国内的安全」を定めた条文の中にある。
スイスの政治体制は、ちょっと馴染みが薄い「議会統治制」とでも言う様な政治形態である。その概要は文末脚注(*2)の論考を参照いただきたいが、簡単に説明すると、連邦議会から選出される7人の各々独立した「連邦参事」が各省の大臣となる合議体である連邦参事会が行政を担う政治体制である。
こういう政治体制なので、緊急事態時の権限が「連邦議会の権限条項」内と、「連邦参事会と連邦行政の権限条項」内にある構成となっていると解している。
具体的には以下の通りである。
<第173条:「連邦議会の権限条項」より抜粋引用>
① 連邦議会は、さらに次の各号に掲げる任務及び権限を有する。
a 連邦議会は、スイスの対外的安全、独立及び中立の保護のための措置を講じる。
b 連邦議会は、国内的安全の保護のための措置を講じる。
c 特別な事情により必要とされる場合には、連邦議会は、a号及びb号に規定する任務の遂行のために、命令又は単純連邦決議を制定することができる。
(以下d~k及び第2項、第3項省略)
<第185条:「連邦参事会と連邦行政の権限条項」より全項引用>
① 連邦参事会は、スイスの対外的安全、独立及び中立の保護のための措置を講じる。
② 連邦参事会は、国内的安全の保護のための措置を講じる。
③ 連邦参事会は、公共秩序又は国内的若しくは対外的安全に対する現存する又は急迫した重大な脅威に対処するため、直接、本条の規定に基づき、命令を制定し、処分を下すことができる。かかる命令には、期限を付さなければならない。
④ 緊急の場合には、連邦参事会は、部隊を動員することができる。連邦参事会が4000人以上の軍隊の隊員を現役役務のために動員する場合又はその出動が3週間を超える期間を予定している場合には、遅滞なく連邦議会を招集しなければならない。
<引用終わり>
このスイス連邦憲法の緊急事態条項を前述した「要件」の視点で見ると以下の様になる。
最初の、要件1)「緊急事態条項は憲法規定」については、上記した通り、スイス憲法の第173条と第185条に緊急事態条項があるので◎判定とした。
次の要件2)は「緊急事態認定は議会権限」であるが、これに関しては、実質的には、次の要件3)とワンセットである。要件2)がスタート時要件で、要件3)が終了権限要件である。要件2)の緊急事態スタート時の規定は、第173条の「連邦議会の権限条項」の第1項のa、b、c、にあることが確認出来る。そして同時に、第183条の「連邦参事会と連邦行政の権限条項」の第1項、第2項、第3項にも同様の権限規定がある。
要件2)及び要件3)の目的主旨は、緊急事態対応体制下での行政執行者の独走を阻止・牽制する機能にあり、それ故に必要な要件だと考えているものなのだが、スイスの様な議会統治制では、大統領制国家の政治体制下での「大統領と議会」との関係からの発した、この要件の必要性が高くないと解される。
従い、スイスでは連邦議会だけの権限としていないものと考えている。
この様なこととから判定は、要件2)、要件3)の両方ともを○とした。
要件4)は「終わらせる権限を行使する期限の規定」であるが、それに関しては、第183条の第4項に「(軍隊)の出動が3週間を超える期間を予定している場合には、遅滞なく連邦議会を招集しなければならない。」との規定があることから◎判定とした。
最後の要件5)は、「緊急事態継続中の議会の身分保証」としての議会任期延期等の規定であるが、その様な規定はスイス憲法にはない。
要件5)はワイマール憲法下、ヒンデンブルグが緊急事態継続中に議会を解散するなどで牽制勢力を無力化した独走などの事例があり、そういう事がない様にする為の要件であり、現在のドイツ憲法、フランス憲法、イタリア憲法には、議会解散を緊急事態中はしないとの規定があるのだが、スイス憲法では任期延長規定はない。
これだけだと判定は「×」となるのだが、スイスという「国の形」、「議会統治制」との政治形態からは、大統領制の政治体制に比して議会継続の条文化必要性が高くないのであろう。明示されてないので、◎判定は難しいので△判定とした。
尚、スイスの連邦議会は、二院制であり、下院に相当する人口比で選挙される「国民議会」と上院に相当する州の代表で構成される「全州議会」がある。全州議会の方は、各州から1~2名との規定に基づき選ばれるもので人口比基準ではない。以上、スイス憲法の緊急事態条項は、総合的には、提示した要件に合致していると評価して良いと考えている。
<スイス憲法の緊急事態条項の要件有無>
要 件
1)憲法 :◎
2)議会1:○
3)議会2:○
4)期限 :◎
5)継続 :△
2.スウェーデン憲法を事例に
スウェーデンも「中立国」だということで、その昔「非武装中立」との詐欺話を喧伝していた社会党や、それに続く左巻き連中から、一時期スウェーデンも持ち上げられていたが、スイスもスウェーデンも、中立国としての自国の自存自立を確保する為に重武装をしている実態が知られる様になってからは、スイスとともにスウェーデンへの賛美・礼讃は影をひそめている。実態を隠し国民を欺く手法は、昔から、カタカナ表記「サヨク」、マスゴミの常套手段である。
尚、スウェーデンは王国であり、政治体制としては我が国やイギリスと同じ立憲君主制国家である。それではスウェーデン王国憲法の緊急事態条項を見ていこう。
同国憲法の緊急事態条項は文末脚注(*1)のURL先にある資料編で明示してあるので、それを適宜引用しながら論考を進める。
我が国の現行憲法が第1条から第103条の通番性形式であるのに対して、スウェーデン憲法は、大きくは4つの基本法から構成され、条数が通番ではなく、章毎に第1条から付番しされる形式である。スウェーデン憲法の緊急事態条項は、統治法第15章「戦争及び戦争の危険」の第1条から第16条である。
最初に第15章のタイトルと、同章の第1条を引用する。
<引用開始>
第15 章 戦争及び戦争の危険
<議会の招集 第1条>
国が戦争状態又は戦争の危険に陥った場合には、政府又は議長は、集会するために議会を招集しなければならない。招集を行った者は、議会がストックホルム以外の場所で集会すべきことを決定することができる。
<引用終わり>
ご覧の通り、章のタイトルは「戦争及び戦争の危険」とある様に緊急時を想定しての条項であることがわかる。また、同章の第1条の冒頭には「国が戦争状態又は戦争の危険に陥った場合には」との記載があることも、これが緊急事態条項であることが確認できたと思う。
緊急事態条項とは、以前に定義した(*3)様に、【「緊急事態」が発生した時に、国民の安全を確保うる為に一時的な特別な対応体制をとり、緊急事態に対処できる様にする法規定】である。
法体系は、基本的には平時を基準に制定されているが、国家存亡の危機等に際しては、そういう特殊な事態・有事に対応する為に、平時基準の法規定が逆に国民の生命・財産・安寧を阻害することがあるので、一時的に特別な対応体制をとり、緊急事態に対処できる様にするのである。
上記したスウェーデン憲法第15章第1条には、「国が戦争状態又は戦争の危険に陥った場合には」との場合規定がある、緊急事態条項であることがわかるので、「憲法に規定されていること」との要件1)は◎判定となる。
スウェーデン憲法の緊急事態条項の第15章は、第16条まであり割合と長いので、これからは、アプローチの仕方としては、前述した要件に合致した条文があるのかないのか、とのアプローチとする。
次の要件2)は緊急事態スタート時要件で、要件3)が終了権限要件である。
緊急事態対応体制を担う政府・行政に対する牽制機能として、対応体制の開始・終了権限を議会に持たせるとの要件である。
この要件をスウェーデン憲法の規定で探すと、スタート時の規定は第14条にあった。
スウェーデン憲法<戦争状態の宣言 第14条>
国に対する武力による攻撃の際を除き、国が戦争状態にあるという宣言は、議会の承認なしに政府が行ってはならない。
<引用終わり>
条文を見れば分かる通り、既に武力攻撃が行われている場合は議会承認は不要、そうでなければ、緊急事態対応体制は議会承認が必要だ、政府はしちゃダメとの規定内容だ。
この様な規定があるので、要件2)は◎判定となる。
一方、終了時の規定は、第15条にある。先にそれを引用する。
スウェーデン憲法<休戦 第15条>
休戦に関する条約の遅延が国に対する危機をもたらす場合には、政府は、議会の承認を得ることなしに、かつ、外交評議会と協議することなしに、当該条約を締結することができる。
<引用終わり>
条文には、「議会の承認を得ることなしに」とある様に、基本的認識としては議会承認を以て終了するとの前提があると解される条文となっている。
しかしながら、スウェーデン憲法の緊急事態条項第15章には、明示的な議会終了権限条文はなく、スウェーデンの政治体制及び第15条以前の各条文の文脈から、牽制機能の有無を考えるしかない。
スウェーデンは我が国と同じ立憲君主制で、政治体制としては、一院制議会で選出された人物が首相となり、行政府の長として政治執行する議員内閣制の国である。
スウェーデン議会の任期は4年、首相には解散権があるが、議員内閣制なので、首相が解散権を行使すると自身も選挙を受ける立場であるので、大統領制の国とは違っている。
大統領制の国は、選挙で選ばれた大統領と選挙で選ばれた議会の多数派が対立関係にあると政治が停滞するとの構造的宿命を負う。民主党大統領オバマの政権後期のアメリカ議会多数派が共和党という状態で、オバマがレームダック状態になったことなどが典型例であろう。フランスもイタリアも大統領制の国であり、緊急事態対応体制を議会が終了させる権限を持つ条文があるのは、大統領制での行政府の長と立法府議会との牽制機能を重視しているからである。
議員内閣制のスウェーデンは、その点、大統領制の国の政治体制に比して、その必要性が高くない為であると解される。これはスイスの議会統治制で同様の条文状態となっているのと同じであり、論理的総合性がある。
尚、ドイツの場合は、首相が実質的に行政府の長であり、実質議院内閣制だと言えるのだが、議会(場合によっては合同委員会)が緊急事態対応体制遂行中ベッタリ体制となる建て付けにしているのは、過去の二度にわたる大戦とのドイツの歴史を反映したものである。
また、スウェーデン憲法の緊急事態条項第15章全体を読むと、そこに通底しているのは「スウェーデンの国防の常識」である。「国が攻められ戦争状態にある時は、それに対応する特別な体制が必要だ」との基本的認識に、彼等は何等の疑問も持たない。我々戦後日本人が持つ歪んだ国防意識から見れば、疑問を持たないことが疑問に思えるかもしれないが、世界的にはスウェーデン側の認識の方が常識的だ。
同様、戦争が終わったら、戦争状態対応体制が終わるのは当たり前とのコモンセンスに基づきスウェーデン憲法の条文が出来ていると考えられる。
そういう意味では、条文明示がなくても実質的には独走停止・牽制機能はあると解されるので問題ないと考えられる。従い、判定は◎でも良いが、明示がないので一応○としておく。
次の要件4)は「終わらせる権限を行使する期限の規定」であるが、これも同様だ。
戦争状態が続いているのに終わらせるアホはいないし、終わったのだから戦争状態対応体制が終わるのは当たり前とのコモンセンスなのであろう。
要件3)の「議会が終わらせる権限を持ち」、要件4)で、「それを行使する期限の規定」とのコンテキストからの要件4)であるとの構造からは、スウェーデン憲法で要件3)の明示がないのだから、要件4)の明示的規定がないのは、ある意味自然なことなのであろう。一方、第11条には、議会選挙規定があり、これは要件5)そのものである。
スウェーデン憲法<議会の選挙 第11条>
国が戦争状態にある場合には、議会の選挙は、議会の議決の後にのみ実施される。国が戦争の危険にある場合で、通常選挙が実施されるべきときは、議会は、当該選挙を延期する議決を行うことができる。当該議決は、1 年以内に再審議され、その後最長でも1 年の間隔で再審議されなければならない。(以下略)
<引用終わり>
この議会選挙規定は、1年毎の選挙実施可否を再審議する規定である。
要件5)の視点では◎となることに異論はあるまいが、この規定を要件4)の視点で見てみると、この規定が、議員内閣制では実質的に議会に牽制機能があることになる。
議会が「選挙するから」と決めれば、議員内閣制の首相も選挙対象であり、選挙によって次の内閣へと移行することになるからだ。
こういう構造からは、スウェーデン憲法の緊急事態条項には、期限の明示規定はないが、特に問題はないと言える。とは言え、期限明示がないので○判定とした。
スウェーデン憲法の緊急事態条項は、総合的には、提示した要件に合致していると評価して良いと考えているが、それは同国の政治形態が立憲君主制・議員内閣制との政治形態を勘案していることによる。
今回の要件は、共和国大統領制のG7主要国をベースにして提示しているので、そういう政体別の考慮も必要であることが考察を通じて浮かんできたと考える。
<スウェーデン憲法の緊急事態条項の要件有無>
要 件
1)憲法 :◎
2)議会1:○
3)議会2:○
4)期限 :○
5)継続 :◎
長くなったので項をわけるが、スイス、スウェーデンの両国憲法の緊急事態条項は、要件提示の参考としたG7主要国のフランス、ドイツ、イタリア、アメリカと違う政治体制での緊急事態条項であり、そういう政体別の考慮も必要であることが考察を通じてわかった。
G7主要国は共和国大統領制であり、スイスは議会統治制、スウェーデンは立憲君主制である。今後、考察を続けるにあたり、各国の政治形態の違いから、条文要件が違っている場合があることを踏まえての考察が必要であろう。
【文末脚注】
(*1):スイス連邦憲法緊急事態条項
2017/07/29投稿:
(資料編)G7主要国以外の緊急事態条項
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-723.html
(*2):スイスの政治体制等の概要
2015/11/01投稿:
【コラム】スイス・直接民主制
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-250.html
(*3):、緊急事態条項の定義
2017/06/22投稿:
緊急事態条項に関する考察・要件提示
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-700.html
【「緊急事態」が発生した時に、国民の安全を確保うる為に一時的な特別な対応体制をとり、緊急事態に対処できる様にする法規定】
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副題:緊急事態条項・条文議論の基礎知識7
提示した要件で各国憲法を見てみる。今回はスイス、スウェーデン両国憲法である。
前回論考「緊急事態条項の要件に基づく考察1」の続きである。
緊急事態条項の条文上の要件を策定した経緯、要件自体の策定・検証過程は、前回論考及び、それの文末脚注にある各論考の通りである。
前回は、以下の要件でG7主要国憲法をあらためて見てみたが、今回は、それ以外の国の憲法を要件を軸足に見てみる。
<緊急事態条項の要件>
1):憲法で規定すべき
2):緊急事態である旨の宣言をする決定権は議会(国会)が持つべき
3):困窮自体対応体制の終了権限も議会(国会)が持つべき
4):議会の、終了権限を行使する時期を予め規定で明示すべき
5):国会議員任期の特例規定として緊急時の議会(国会)継続規定が必要
とは言え「G7主要国以外の国の憲法」となると、現在、世界には約200ヶ国あり、それら総てを取り上げることは、たった一人の個人が余暇に研究しているとの状況では不可能である。そうなると、約200ヶ国の中から、何処かの国を選ぶことになるのだが、ランダムに選んでも参考にならないケースがあると思われるので、続けている論考の軸足=「緊急事態条項の必要性」「緊急事態条項で何を書くべきか」等に何等かしらの参考になると思われる国々の憲法をピックアップすることにした。
それらの国々の憲法の緊急事態条項は、予め、資料編にて提示してある。
1.スイス憲法を事例に
先ずは、その昔、社会党あたりが褒めちぎっていた「永世中立国」スイスの憲法を見てみる。同国憲法の緊急事態条項は文末脚注(*1)の資料編で明示してあるので、それを適宜引用しながら論考を進める。
同国の緊急事態条項は、第173条の「連邦議会の権限」のうちの「その他の任務及び権限」を定めた条文及び第185条の「連邦参事会と連邦行政の権限」のうちの「対外的及び国内的安全」を定めた条文の中にある。
スイスの政治体制は、ちょっと馴染みが薄い「議会統治制」とでも言う様な政治形態である。その概要は文末脚注(*2)の論考を参照いただきたいが、簡単に説明すると、連邦議会から選出される7人の各々独立した「連邦参事」が各省の大臣となる合議体である連邦参事会が行政を担う政治体制である。
こういう政治体制なので、緊急事態時の権限が「連邦議会の権限条項」内と、「連邦参事会と連邦行政の権限条項」内にある構成となっていると解している。
具体的には以下の通りである。
<第173条:「連邦議会の権限条項」より抜粋引用>
① 連邦議会は、さらに次の各号に掲げる任務及び権限を有する。
a 連邦議会は、スイスの対外的安全、独立及び中立の保護のための措置を講じる。
b 連邦議会は、国内的安全の保護のための措置を講じる。
c 特別な事情により必要とされる場合には、連邦議会は、a号及びb号に規定する任務の遂行のために、命令又は単純連邦決議を制定することができる。
(以下d~k及び第2項、第3項省略)
<第185条:「連邦参事会と連邦行政の権限条項」より全項引用>
① 連邦参事会は、スイスの対外的安全、独立及び中立の保護のための措置を講じる。
② 連邦参事会は、国内的安全の保護のための措置を講じる。
③ 連邦参事会は、公共秩序又は国内的若しくは対外的安全に対する現存する又は急迫した重大な脅威に対処するため、直接、本条の規定に基づき、命令を制定し、処分を下すことができる。かかる命令には、期限を付さなければならない。
④ 緊急の場合には、連邦参事会は、部隊を動員することができる。連邦参事会が4000人以上の軍隊の隊員を現役役務のために動員する場合又はその出動が3週間を超える期間を予定している場合には、遅滞なく連邦議会を招集しなければならない。
<引用終わり>
このスイス連邦憲法の緊急事態条項を前述した「要件」の視点で見ると以下の様になる。
最初の、要件1)「緊急事態条項は憲法規定」については、上記した通り、スイス憲法の第173条と第185条に緊急事態条項があるので◎判定とした。
次の要件2)は「緊急事態認定は議会権限」であるが、これに関しては、実質的には、次の要件3)とワンセットである。要件2)がスタート時要件で、要件3)が終了権限要件である。要件2)の緊急事態スタート時の規定は、第173条の「連邦議会の権限条項」の第1項のa、b、c、にあることが確認出来る。そして同時に、第183条の「連邦参事会と連邦行政の権限条項」の第1項、第2項、第3項にも同様の権限規定がある。
要件2)及び要件3)の目的主旨は、緊急事態対応体制下での行政執行者の独走を阻止・牽制する機能にあり、それ故に必要な要件だと考えているものなのだが、スイスの様な議会統治制では、大統領制国家の政治体制下での「大統領と議会」との関係からの発した、この要件の必要性が高くないと解される。
従い、スイスでは連邦議会だけの権限としていないものと考えている。
この様なこととから判定は、要件2)、要件3)の両方ともを○とした。
要件4)は「終わらせる権限を行使する期限の規定」であるが、それに関しては、第183条の第4項に「(軍隊)の出動が3週間を超える期間を予定している場合には、遅滞なく連邦議会を招集しなければならない。」との規定があることから◎判定とした。
最後の要件5)は、「緊急事態継続中の議会の身分保証」としての議会任期延期等の規定であるが、その様な規定はスイス憲法にはない。
要件5)はワイマール憲法下、ヒンデンブルグが緊急事態継続中に議会を解散するなどで牽制勢力を無力化した独走などの事例があり、そういう事がない様にする為の要件であり、現在のドイツ憲法、フランス憲法、イタリア憲法には、議会解散を緊急事態中はしないとの規定があるのだが、スイス憲法では任期延長規定はない。
これだけだと判定は「×」となるのだが、スイスという「国の形」、「議会統治制」との政治形態からは、大統領制の政治体制に比して議会継続の条文化必要性が高くないのであろう。明示されてないので、◎判定は難しいので△判定とした。
尚、スイスの連邦議会は、二院制であり、下院に相当する人口比で選挙される「国民議会」と上院に相当する州の代表で構成される「全州議会」がある。全州議会の方は、各州から1~2名との規定に基づき選ばれるもので人口比基準ではない。以上、スイス憲法の緊急事態条項は、総合的には、提示した要件に合致していると評価して良いと考えている。
<スイス憲法の緊急事態条項の要件有無>
要 件
1)憲法 :◎
2)議会1:○
3)議会2:○
4)期限 :◎
5)継続 :△
2.スウェーデン憲法を事例に
スウェーデンも「中立国」だということで、その昔「非武装中立」との詐欺話を喧伝していた社会党や、それに続く左巻き連中から、一時期スウェーデンも持ち上げられていたが、スイスもスウェーデンも、中立国としての自国の自存自立を確保する為に重武装をしている実態が知られる様になってからは、スイスとともにスウェーデンへの賛美・礼讃は影をひそめている。実態を隠し国民を欺く手法は、昔から、カタカナ表記「サヨク」、マスゴミの常套手段である。
尚、スウェーデンは王国であり、政治体制としては我が国やイギリスと同じ立憲君主制国家である。それではスウェーデン王国憲法の緊急事態条項を見ていこう。
同国憲法の緊急事態条項は文末脚注(*1)のURL先にある資料編で明示してあるので、それを適宜引用しながら論考を進める。
我が国の現行憲法が第1条から第103条の通番性形式であるのに対して、スウェーデン憲法は、大きくは4つの基本法から構成され、条数が通番ではなく、章毎に第1条から付番しされる形式である。スウェーデン憲法の緊急事態条項は、統治法第15章「戦争及び戦争の危険」の第1条から第16条である。
最初に第15章のタイトルと、同章の第1条を引用する。
<引用開始>
第15 章 戦争及び戦争の危険
<議会の招集 第1条>
国が戦争状態又は戦争の危険に陥った場合には、政府又は議長は、集会するために議会を招集しなければならない。招集を行った者は、議会がストックホルム以外の場所で集会すべきことを決定することができる。
<引用終わり>
ご覧の通り、章のタイトルは「戦争及び戦争の危険」とある様に緊急時を想定しての条項であることがわかる。また、同章の第1条の冒頭には「国が戦争状態又は戦争の危険に陥った場合には」との記載があることも、これが緊急事態条項であることが確認できたと思う。
緊急事態条項とは、以前に定義した(*3)様に、【「緊急事態」が発生した時に、国民の安全を確保うる為に一時的な特別な対応体制をとり、緊急事態に対処できる様にする法規定】である。
法体系は、基本的には平時を基準に制定されているが、国家存亡の危機等に際しては、そういう特殊な事態・有事に対応する為に、平時基準の法規定が逆に国民の生命・財産・安寧を阻害することがあるので、一時的に特別な対応体制をとり、緊急事態に対処できる様にするのである。
上記したスウェーデン憲法第15章第1条には、「国が戦争状態又は戦争の危険に陥った場合には」との場合規定がある、緊急事態条項であることがわかるので、「憲法に規定されていること」との要件1)は◎判定となる。
スウェーデン憲法の緊急事態条項の第15章は、第16条まであり割合と長いので、これからは、アプローチの仕方としては、前述した要件に合致した条文があるのかないのか、とのアプローチとする。
次の要件2)は緊急事態スタート時要件で、要件3)が終了権限要件である。
緊急事態対応体制を担う政府・行政に対する牽制機能として、対応体制の開始・終了権限を議会に持たせるとの要件である。
この要件をスウェーデン憲法の規定で探すと、スタート時の規定は第14条にあった。
スウェーデン憲法<戦争状態の宣言 第14条>
国に対する武力による攻撃の際を除き、国が戦争状態にあるという宣言は、議会の承認なしに政府が行ってはならない。
<引用終わり>
条文を見れば分かる通り、既に武力攻撃が行われている場合は議会承認は不要、そうでなければ、緊急事態対応体制は議会承認が必要だ、政府はしちゃダメとの規定内容だ。
この様な規定があるので、要件2)は◎判定となる。
一方、終了時の規定は、第15条にある。先にそれを引用する。
スウェーデン憲法<休戦 第15条>
休戦に関する条約の遅延が国に対する危機をもたらす場合には、政府は、議会の承認を得ることなしに、かつ、外交評議会と協議することなしに、当該条約を締結することができる。
<引用終わり>
条文には、「議会の承認を得ることなしに」とある様に、基本的認識としては議会承認を以て終了するとの前提があると解される条文となっている。
しかしながら、スウェーデン憲法の緊急事態条項第15章には、明示的な議会終了権限条文はなく、スウェーデンの政治体制及び第15条以前の各条文の文脈から、牽制機能の有無を考えるしかない。
スウェーデンは我が国と同じ立憲君主制で、政治体制としては、一院制議会で選出された人物が首相となり、行政府の長として政治執行する議員内閣制の国である。
スウェーデン議会の任期は4年、首相には解散権があるが、議員内閣制なので、首相が解散権を行使すると自身も選挙を受ける立場であるので、大統領制の国とは違っている。
大統領制の国は、選挙で選ばれた大統領と選挙で選ばれた議会の多数派が対立関係にあると政治が停滞するとの構造的宿命を負う。民主党大統領オバマの政権後期のアメリカ議会多数派が共和党という状態で、オバマがレームダック状態になったことなどが典型例であろう。フランスもイタリアも大統領制の国であり、緊急事態対応体制を議会が終了させる権限を持つ条文があるのは、大統領制での行政府の長と立法府議会との牽制機能を重視しているからである。
議員内閣制のスウェーデンは、その点、大統領制の国の政治体制に比して、その必要性が高くない為であると解される。これはスイスの議会統治制で同様の条文状態となっているのと同じであり、論理的総合性がある。
尚、ドイツの場合は、首相が実質的に行政府の長であり、実質議院内閣制だと言えるのだが、議会(場合によっては合同委員会)が緊急事態対応体制遂行中ベッタリ体制となる建て付けにしているのは、過去の二度にわたる大戦とのドイツの歴史を反映したものである。
また、スウェーデン憲法の緊急事態条項第15章全体を読むと、そこに通底しているのは「スウェーデンの国防の常識」である。「国が攻められ戦争状態にある時は、それに対応する特別な体制が必要だ」との基本的認識に、彼等は何等の疑問も持たない。我々戦後日本人が持つ歪んだ国防意識から見れば、疑問を持たないことが疑問に思えるかもしれないが、世界的にはスウェーデン側の認識の方が常識的だ。
同様、戦争が終わったら、戦争状態対応体制が終わるのは当たり前とのコモンセンスに基づきスウェーデン憲法の条文が出来ていると考えられる。
そういう意味では、条文明示がなくても実質的には独走停止・牽制機能はあると解されるので問題ないと考えられる。従い、判定は◎でも良いが、明示がないので一応○としておく。
次の要件4)は「終わらせる権限を行使する期限の規定」であるが、これも同様だ。
戦争状態が続いているのに終わらせるアホはいないし、終わったのだから戦争状態対応体制が終わるのは当たり前とのコモンセンスなのであろう。
要件3)の「議会が終わらせる権限を持ち」、要件4)で、「それを行使する期限の規定」とのコンテキストからの要件4)であるとの構造からは、スウェーデン憲法で要件3)の明示がないのだから、要件4)の明示的規定がないのは、ある意味自然なことなのであろう。一方、第11条には、議会選挙規定があり、これは要件5)そのものである。
スウェーデン憲法<議会の選挙 第11条>
国が戦争状態にある場合には、議会の選挙は、議会の議決の後にのみ実施される。国が戦争の危険にある場合で、通常選挙が実施されるべきときは、議会は、当該選挙を延期する議決を行うことができる。当該議決は、1 年以内に再審議され、その後最長でも1 年の間隔で再審議されなければならない。(以下略)
<引用終わり>
この議会選挙規定は、1年毎の選挙実施可否を再審議する規定である。
要件5)の視点では◎となることに異論はあるまいが、この規定を要件4)の視点で見てみると、この規定が、議員内閣制では実質的に議会に牽制機能があることになる。
議会が「選挙するから」と決めれば、議員内閣制の首相も選挙対象であり、選挙によって次の内閣へと移行することになるからだ。
こういう構造からは、スウェーデン憲法の緊急事態条項には、期限の明示規定はないが、特に問題はないと言える。とは言え、期限明示がないので○判定とした。
スウェーデン憲法の緊急事態条項は、総合的には、提示した要件に合致していると評価して良いと考えているが、それは同国の政治形態が立憲君主制・議員内閣制との政治形態を勘案していることによる。
今回の要件は、共和国大統領制のG7主要国をベースにして提示しているので、そういう政体別の考慮も必要であることが考察を通じて浮かんできたと考える。
<スウェーデン憲法の緊急事態条項の要件有無>
要 件
1)憲法 :◎
2)議会1:○
3)議会2:○
4)期限 :○
5)継続 :◎
長くなったので項をわけるが、スイス、スウェーデンの両国憲法の緊急事態条項は、要件提示の参考としたG7主要国のフランス、ドイツ、イタリア、アメリカと違う政治体制での緊急事態条項であり、そういう政体別の考慮も必要であることが考察を通じてわかった。
G7主要国は共和国大統領制であり、スイスは議会統治制、スウェーデンは立憲君主制である。今後、考察を続けるにあたり、各国の政治形態の違いから、条文要件が違っている場合があることを踏まえての考察が必要であろう。
【文末脚注】
(*1):スイス連邦憲法緊急事態条項
2017/07/29投稿:
(資料編)G7主要国以外の緊急事態条項
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-723.html
(*2):スイスの政治体制等の概要
2015/11/01投稿:
【コラム】スイス・直接民主制
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-250.html
(*3):、緊急事態条項の定義
2017/06/22投稿:
緊急事態条項に関する考察・要件提示
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-700.html
【「緊急事態」が発生した時に、国民の安全を確保うる為に一時的な特別な対応体制をとり、緊急事態に対処できる様にする法規定】
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