緊急事態条項の要件を検証する(その4)Final
- 2017/06/28
- 19:33
緊急事態条項の要件を検証する(その4)Final

副題:緊急事態条項・条文案議論の基礎知識5 欧州人権条約及び自由権規約の緊急事態条項
緊急事態条項の必要性及び条文化の際の基礎的要件の提示(*1)をしたので、その検証を続けている(*2)。検証も4回目となり、食傷気味になっているかと思うが、今回で検証は一応御仕舞とするので、お読みいただきたい(笑)。
検証手順は、最初に提示した要件の過不足有無との視点で先に過多な要件の有無を検証し、それに続き不足している要件の有無をフランス、ドイツ、イタリア各国憲法(*3)の緊急事態条項を確認しながら行った。
その結果、基本的人権に関する規定に関しては、検証対象としたフランス他の各憲法には、特段具体的な人権項目の記載はなく、欧州人権条約をリファーしているものと分析した。また、我が国の場合は地理的関係から欧州人権条約には加盟していないが、国連決議である自由権規約を批准しており、フランス、ドイツ、イタリア各国と同様に、緊急事態条項新設の際には、自由権規約をリファーすることになろうとの考えを示した。
今回は、件の欧州人権条約及び自由権規約の緊急事態条項に関して論考する。
1)欧州人権条約の緊急事態条項
先ず、欧州人権条約(正式名:人権及び基本的自由の保護のための条約)(*4)の緊急事態条項である第15条を先ず引用するが、これは読み方が難しいので、注意が必要だ。
<欧州人権条約:第15条>
1 戦争その他の国民の生存を脅かす公の緊急事態の場合には、いずれの締約国も、事態の緊急性が真に必要とする限度において、この条約に基づく義務を離脱する措置をとることができる。ただし、その措置は、当該締約国が国際法に基づき負う他の義務に抵触してはならない。
2 1の規定は、第二条(合法的な戦闘行為から生ずる死亡の場合を除く。)第三条、第四条1及び第七条の規定からのいかなる離脱の措置をとる権利を行使する締約国は、とった措置及びその理由を覆う州審議会事務局長にその旨通知する。
3 離脱の措置をとる権利を行使する締約国は、とった措置及びその理由を欧州審議会事務局長に十分に通知する。締約国はまた、その措置が終了し、かつ、条約の諸規定が再び完全に履行されているとき、欧州審議会事務局長にその旨通知する。
<引用終わり>
上記引用した「1」の部分には「条約からの離脱」との表現があるが、欧州人権条約は条約なのであり、今まで紹介してきた各国憲法とは書き方が違っていることに気が付かれるであろう。国家には国家主権があり、その国家主権を超える主権は世の中に存在しないというのが、現代の国際社会での建て付けとなっていることから、「条約からの離脱」との表現で、平時とは違う緊急事態発生時の特例である旨が書いてある。
次の「2」には、具体的な事項の該当条を用いて明示されている。
該当条だけでは、その内容はわからないと思うので、それらを以下に要約を紹介するが、詳しくは文末脚注(*5)で対象条文全部を引用しているので、そちらをご参照願いたい。
・第2条は「生命に対する権利」=生存権に関する条文である。
・第3条は「拷問の禁止」=拷問及び非人道的、品位を傷つける取扱の禁止条項である。
・第4条1は「何人も、奴隷の状態又は奴隷状態に置かれない」とある。
・第7条は「法律なくして処罰なし」=要するに緊急事態発生時の超法規はダメ。
これらは、戦時に於いて毀損されやすいと想定されている基本的人権であることがわかるであろう。
現在の我が国では、「なんでもかんでも人権至上主義」による「人権項目のインフレ化」が起こっており、貴重で肝心な本来的な基本的人権への認知が、逆に薄まっているとの危機感を当方は持っている。このことは以前論評している(*6)が、上記した生存権、拷問の禁止、奴隷状態の禁止、法以外により処罰の禁止は、何れもが、本来的基本的人権の自由権・平等権に該当するものであり、それらは緊急事態であっても逸脱することが許されない事項であることがわかるだろう。
それなのに、「1」では「離脱する場合は」と書いており、「3」では「離脱したら、その理由とともに欧州審議会事務局長に通知しろ」と、あたかも、「2」で明示した事項からの逸脱が認められている様な書き方になっているのである。
そういう場合、それを不思議に思うことがとても大事になってくる。
この条文の種明かしは、主権国家間の条約なので、それを上回る権力が存在していないことから「禁止だ」との強制力を持たせることが出来ないので、「報告しろ」となっていると解される。仮に、こういう逸脱を締結国が、その主権範囲で「合法」とした場合、その様な締結国がどうなるのかは明らかである。
実質的に、これらが「禁止事項」と解するのが正しい。
主権概念を踏まえれば、こういう表現となり、ストレートには書かれていないのであろう。尚、同時に「報告事項となっていない「人権項目」」があることも重要なポイントであることを為念、付記しておく。
2)自由権規約の緊急事態条項
我が国も批准している自由権規約(外務省呼称:市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約))(*7)の緊急事態条項である第4条を先ず引用する。
<自由権規約:第4条>
1 国民の生存を脅かす公の緊急事態の場合においてその緊急事態の存在が公式に宣言されているときは、この規約の締約国は、事態の緊急性が真に必要とする限度において、この規約に基づく義務に違反する措置をとることができる。ただし、その措置は、当該締約国が国際法に基づき負う他の義務に抵触してはならず、また、人種、皮膚の色、性、言語、宗教又は社会的出身のみを理由とする差別を含んではならない。
2 一の規定は、第六条、第七条、第八条1及び2、第十一条、第十五条、第十六条並びに第十八条の規定に違反することを許すものではない。
3 義務に違反する措置をとる権利を行使するこの規約の締約国は、違反した規定及び違反するに至った理由を国際連合事務総長を通じてこの規約の他の締約国に直ちに通知する。更に、違反が終了する日に、同事務総長を通じてその旨通知する。
<引用終わり>
ご覧の通り、欧州人権条約と同じ構成であることがわかるであろう。
欧州人権条約の発効が1953年9月3日であるのに対して、自由権規約の国連での採択は1966年12月16日であり、欧州人権条約が下敷きになっていることは容易に推察できる。
「2」には、欧州人権条約と同じく、具体的な事項が該当条を用いて明示されているが、こちらも該当条の提示だけでは内容がわからないので、それらを以下に紹介する。
詳しくは文末脚注(*8)で対象条文全部を引用しているので、そちらをご参照願いたい。
・第6条は「生存権」に関する条文である。2項以降は「死刑制度」が続くが。
・第7条は「拷問の禁止」に関する条文である。
・第8条1と2は「奴隷状態はダメ」とする旨の条文である。
これら3つは、欧州人権条約の対象条文の内容と一緒だ。
・第11条は契約不履行時の身体拘束の禁止
・第15条は遡及法の禁止であるが、常識をあらためて書かれている理由は不明。
・第16条は「人として認められる権利を有する」との内容で、これまた常識である。
これら3つは、発展途上国も多々加盟している国連での規約なので、発展途上国向けに、当たり前のことを明示したものだと思われる。これら3つは、欧州人権条約の第7条の内容と合致する。
・第18条は「思想・良心・宗教の自由」に関する条文である。
欧州人権条約では採用されていないが、国連決議の自由権規約では対象としている。
以上は欧州人権条約及び自由権規約の緊急事態条項に何が書いてあるのか、の事実開示である。また、フランス、ドイツ、イタリアの各国憲法の緊急事態条項に書かれていること、書かれていないことの事実も前回の「その3」で提示したが、これら事実からは、不足分については、以下の様に結論する。
<結論>
・欧州先進3ヶ国の憲法条文には、緊急事態の際に、制限出来る基本的人権または制限できない基本的人権、を細かく一々規定していない。
・憲法に書いていなくても、実際の緊急事態の運用に際しては、下位法や国際条約等の規定を順守するものと解される。
・従い、憲法に個別の基本的人権毎の規定を設けないと危険だとか致命傷だとかの議論は成り立たない。
・依って、個別の基本的人権毎の規定の有無は、必須要件ではない。
以上である。
「心当たりがある「不足分」」については、不足ではなかったのだが、これ以外の「不足分」の心当たりがないので、もし、何かあるのならば、コメント欄等でご指摘・ご覧楽いただきたい。
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【文末脚注】
(*1):緊急事態条項の必要性及び条文化の際の基礎的要件の提示
2017/06/22投稿:
緊急事態条項に関する考察・要件提示
<副題:緊急事態条項条文案の基礎知識1>
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-700.html
(*2):過去3回の検証記事
2017/06/23投稿:
緊急事態条項の要件を検証する(その1)
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-701.html
2017/06/25投稿:
緊急事態条項の要件を検証する(その2)
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-702.html
2017/06/27投稿:
緊急事態条項の要件を検証する(その3)
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-703.html
(*3):先進諸外国憲法の緊急事態条項
2017/06/16投稿:
(資料編)各国の緊急事態条項
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-695.html
(*4):欧州人権条約(正式名:人権及び基本的自由の保護のための条約)
http://hrlibrary.umn.edu/japanese/Jz17euroco.html
※第15条が同条約の緊急事態条項・1953年9月3日発効
(*5):欧州人権条約緊急事態条項2での明示条文
○<第2条(生命に対する権利>)
1 すべての者の生命に対する権利は、法律によって保護される、何人も、故意にその生命を奪われない。ただし、法律で死刑を定める犯罪について有罪の判決の後に裁判所の刑の言い渡しを執行する場合は、この限りでない。
2 生命の略奪は、それが次の目的のために絶対に必要な、力の行使の結果であるときは、本条に違反して行われたものとみなされない。
(a)不法な暴力から人を守るため
(b)合法的な逮捕を行い又は合法的に抑留した者の逃亡を防ぐため
(c)暴力又は反乱を鎮圧するために合法的にとって行為のため
○<第3条(拷問の禁止)>
何人も、拷問又は非人道的な若しくは品位を傷つける取扱いもしくは刑罰を受けない。
○<第4条(奴隷の状態及び強制労働の禁止)>(対象は1)
1 何人も、奴隷の状態又は奴隷状態に置かれない。
2 何人も、強制労働に服することを要求されない。
3 この条の適用上、「強制労働」には、次のものが含まれない。
(a)この条約の第五条の規定に基づく抑留の通常の過程又はその抑留を条件付で免除されているときに要求される作業
(b)軍事的性質の役務又は、良心的兵役拒否が認められている国における良心的兵役拒否の場合に、義務的軍役任務のかわりに要求される任務
(c)社会の存立又は福祉を脅かす緊急事態又は災害の場合に要求される任務
(d)市民としての通常の義務とされている作業又は任務
○<第7条(法律なくして処罰なし)>
1 何人も、実行の時に国内法又は国際法により犯罪を警戒しなかった作為又は不作為を理由として有罪とされることはない。何人も、犯罪が行われた時に刑罰よりも思い刑罰を科されない。
2 この条は、文明諸国の認める法の一般原則より実行の時に犯罪とされていた作為又は不作為を理由として裁判しかつ処罰することを妨げるものではない。
<以上、対象条文引用終わり>
(*6):現在の我が国での「人権項目のインフレ化」についての危惧
2015/10/15投稿:
憲法改正私案の検証13「人権」の整理2
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-232.html
※本来的な基本的人権としては、以下より引用する。
2015/10/16投稿:
憲法改正私案の検証14「人権」の整理3
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-233.html
A:本来的基本的人権:①自由権 ②平等権
B:上記A:を保障する法制度上の諸権利:③社会権
<本来的基本的人権A①自由権を保障する人権B③社会権の事例>
・居住と転居の自由
・住居に侵入されたり、捜索されたりする事はない
・通信の秘密をおかされる事はない
・所有権を侵される事はない(財産権)
・信教の自由
・言論・著作・出版・集会及び結社の自由
・請願の自由
<本来的基本的人権A②平等権を保障する人権B③社会権の事例>。
・公務員就業への平等
・裁判官による裁判を受ける権利を奪われる事はない
(*7):自由権規約(外務省呼称:市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約))
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kiyaku/2c_003.html
同規約の第4条が緊急事態条項
(*8):自由権規約2での明示条文
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kiyaku/2c_004.html
○<第6条>
1 すべての人間は、生命に対する固有の権利を有する。この権利は、法律によって保護される。何人も、恣意的にその生命を奪われない。
2 死刑を廃止していない国においては、死刑は、犯罪が行われた時に効力を有しており、かつ、この規約の規定及び集団殺害犯罪の防止及び処罰に関する条約の規定に抵触しない法律により、最も重大な犯罪についてのみ科することができる。この刑罰は、権限のある裁判所が言い渡した確定判決によってのみ執行することができる。
3 生命の剥奪が集団殺害犯罪を構成する場合には、この条のいかなる想定も、この規約の締約国が集団殺害犯罪の防止及び処罰に関する条約の規定に基づいて負う義務を方法のいかんを問わず免れることを許すものではないと了解する。
4 死刑を言い渡されたいかなる者も、特赦又は減刑を求める権利を有する。死刑に対する大赦、特赦又は減刑はすべての場合に与えることができる。
5 死刑は、十八歳未満の者が行った犯罪について科してはならず、また、妊娠中の女子に対して執行してはならない。
6 この条のいかなる規定も、この規約の締約国により死刑の廃止を遅らせ又は妨げるために援用されてはならない。
○<第7条>
何人も、拷問又は残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰を受けない。特に、何人も、その自由な同意なしに医学的又は科学的実験を受けない。
○<第8条>
1 何人も、奴隷の状態に置かれない。あらゆる形態の奴隷制度及び奴隷取引は、禁止する。
2 何人も、隷属状態に置かれない。
3(a)何人も、強制労働に服することを要求されない。
(b)(a)の規定は、犯罪に対する刑罰として強制労働を伴う拘禁刑を科することができる国において、権限のある裁判所による刑罰の言渡しにより強制労働をさせることを禁止するものと解してはならない。
(c)この三の適用上、「強制労働」には、次のものを含まない。
(i) 作業又は役務であって、(b)の規定において言及されておらず、かつ、裁判所の合法的な命令によって抑留されている者又はその抑留を条件付きで免除されている者に通常要求されるもの
(ii) 軍事的性質の役務及び、良心的兵役拒否が認められている国においては、良心的兵役拒否者が法律によって要求される国民的役務
(iii) 社会の存立又は福祉を脅かす緊急事態又は災害の場合に要求される役務
(iv) 市民としての通常の義務とされる作業又は役務
○<第11条>
何人も、契約上の義務を履行することができないことのみを理由として拘禁されない。
○<第15条>
1 何人も、実行の時に国内法又は国際法により犯罪を構成しなかった作為又は不作為を理由として有罪とされることはない。何人も、犯罪が行われた時に適用されていた刑罰よりも重い刑罰を科されない。犯罪が行われた後により軽い刑罰を科する規定が法律に設けられる場合には、罪を犯した者は、その利益を受ける。
2 この条のいかなる規定も、国際社会の認める法の一般原則により実行の時に犯罪とされていた作為又は不作為を理由として裁判しかつ処罰することを妨げるものでない。
○<第16条>
すべての者は、すべての場所において、法律の前に人として認められる権利を有する。
○<第18条>
1 すべての者は、思想、良心及び宗教の自由についての権利を有する。この権利には、自ら選択する宗教又は信念を受け入れ又は有する自由並びに、単独で又は他の者と共同して及び公に又は私的に、礼拝、儀式、行事及び教導によってその宗教又は信念を表明する自由を含む。
2 何人も、自ら選択する宗教又は信念を受け入れ又は有する自由を侵害するおそれのある強制を受けない。
3 宗教又は信念を表明する自由については、法律で定める制限であって公共の安全、公の秩序、公衆の健康若しくは道徳又は他の者の基本的な権利及び自由を保護するために必要なもののみを課することができる。
4 この規約の締約国は父母及び場合により法定保護者が、自己の信念に従って児童の宗教的及び道徳的教育を確保する自由を有することを尊重することを約束する。
<以上、対象条文引用終わり>
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副題:緊急事態条項・条文案議論の基礎知識5 欧州人権条約及び自由権規約の緊急事態条項
緊急事態条項の必要性及び条文化の際の基礎的要件の提示(*1)をしたので、その検証を続けている(*2)。検証も4回目となり、食傷気味になっているかと思うが、今回で検証は一応御仕舞とするので、お読みいただきたい(笑)。
検証手順は、最初に提示した要件の過不足有無との視点で先に過多な要件の有無を検証し、それに続き不足している要件の有無をフランス、ドイツ、イタリア各国憲法(*3)の緊急事態条項を確認しながら行った。
その結果、基本的人権に関する規定に関しては、検証対象としたフランス他の各憲法には、特段具体的な人権項目の記載はなく、欧州人権条約をリファーしているものと分析した。また、我が国の場合は地理的関係から欧州人権条約には加盟していないが、国連決議である自由権規約を批准しており、フランス、ドイツ、イタリア各国と同様に、緊急事態条項新設の際には、自由権規約をリファーすることになろうとの考えを示した。
今回は、件の欧州人権条約及び自由権規約の緊急事態条項に関して論考する。
1)欧州人権条約の緊急事態条項
先ず、欧州人権条約(正式名:人権及び基本的自由の保護のための条約)(*4)の緊急事態条項である第15条を先ず引用するが、これは読み方が難しいので、注意が必要だ。
<欧州人権条約:第15条>
1 戦争その他の国民の生存を脅かす公の緊急事態の場合には、いずれの締約国も、事態の緊急性が真に必要とする限度において、この条約に基づく義務を離脱する措置をとることができる。ただし、その措置は、当該締約国が国際法に基づき負う他の義務に抵触してはならない。
2 1の規定は、第二条(合法的な戦闘行為から生ずる死亡の場合を除く。)第三条、第四条1及び第七条の規定からのいかなる離脱の措置をとる権利を行使する締約国は、とった措置及びその理由を覆う州審議会事務局長にその旨通知する。
3 離脱の措置をとる権利を行使する締約国は、とった措置及びその理由を欧州審議会事務局長に十分に通知する。締約国はまた、その措置が終了し、かつ、条約の諸規定が再び完全に履行されているとき、欧州審議会事務局長にその旨通知する。
<引用終わり>
上記引用した「1」の部分には「条約からの離脱」との表現があるが、欧州人権条約は条約なのであり、今まで紹介してきた各国憲法とは書き方が違っていることに気が付かれるであろう。国家には国家主権があり、その国家主権を超える主権は世の中に存在しないというのが、現代の国際社会での建て付けとなっていることから、「条約からの離脱」との表現で、平時とは違う緊急事態発生時の特例である旨が書いてある。
次の「2」には、具体的な事項の該当条を用いて明示されている。
該当条だけでは、その内容はわからないと思うので、それらを以下に要約を紹介するが、詳しくは文末脚注(*5)で対象条文全部を引用しているので、そちらをご参照願いたい。
・第2条は「生命に対する権利」=生存権に関する条文である。
・第3条は「拷問の禁止」=拷問及び非人道的、品位を傷つける取扱の禁止条項である。
・第4条1は「何人も、奴隷の状態又は奴隷状態に置かれない」とある。
・第7条は「法律なくして処罰なし」=要するに緊急事態発生時の超法規はダメ。
これらは、戦時に於いて毀損されやすいと想定されている基本的人権であることがわかるであろう。
現在の我が国では、「なんでもかんでも人権至上主義」による「人権項目のインフレ化」が起こっており、貴重で肝心な本来的な基本的人権への認知が、逆に薄まっているとの危機感を当方は持っている。このことは以前論評している(*6)が、上記した生存権、拷問の禁止、奴隷状態の禁止、法以外により処罰の禁止は、何れもが、本来的基本的人権の自由権・平等権に該当するものであり、それらは緊急事態であっても逸脱することが許されない事項であることがわかるだろう。
それなのに、「1」では「離脱する場合は」と書いており、「3」では「離脱したら、その理由とともに欧州審議会事務局長に通知しろ」と、あたかも、「2」で明示した事項からの逸脱が認められている様な書き方になっているのである。
そういう場合、それを不思議に思うことがとても大事になってくる。
この条文の種明かしは、主権国家間の条約なので、それを上回る権力が存在していないことから「禁止だ」との強制力を持たせることが出来ないので、「報告しろ」となっていると解される。仮に、こういう逸脱を締結国が、その主権範囲で「合法」とした場合、その様な締結国がどうなるのかは明らかである。
実質的に、これらが「禁止事項」と解するのが正しい。
主権概念を踏まえれば、こういう表現となり、ストレートには書かれていないのであろう。尚、同時に「報告事項となっていない「人権項目」」があることも重要なポイントであることを為念、付記しておく。
2)自由権規約の緊急事態条項
我が国も批准している自由権規約(外務省呼称:市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約))(*7)の緊急事態条項である第4条を先ず引用する。
<自由権規約:第4条>
1 国民の生存を脅かす公の緊急事態の場合においてその緊急事態の存在が公式に宣言されているときは、この規約の締約国は、事態の緊急性が真に必要とする限度において、この規約に基づく義務に違反する措置をとることができる。ただし、その措置は、当該締約国が国際法に基づき負う他の義務に抵触してはならず、また、人種、皮膚の色、性、言語、宗教又は社会的出身のみを理由とする差別を含んではならない。
2 一の規定は、第六条、第七条、第八条1及び2、第十一条、第十五条、第十六条並びに第十八条の規定に違反することを許すものではない。
3 義務に違反する措置をとる権利を行使するこの規約の締約国は、違反した規定及び違反するに至った理由を国際連合事務総長を通じてこの規約の他の締約国に直ちに通知する。更に、違反が終了する日に、同事務総長を通じてその旨通知する。
<引用終わり>
ご覧の通り、欧州人権条約と同じ構成であることがわかるであろう。
欧州人権条約の発効が1953年9月3日であるのに対して、自由権規約の国連での採択は1966年12月16日であり、欧州人権条約が下敷きになっていることは容易に推察できる。
「2」には、欧州人権条約と同じく、具体的な事項が該当条を用いて明示されているが、こちらも該当条の提示だけでは内容がわからないので、それらを以下に紹介する。
詳しくは文末脚注(*8)で対象条文全部を引用しているので、そちらをご参照願いたい。
・第6条は「生存権」に関する条文である。2項以降は「死刑制度」が続くが。
・第7条は「拷問の禁止」に関する条文である。
・第8条1と2は「奴隷状態はダメ」とする旨の条文である。
これら3つは、欧州人権条約の対象条文の内容と一緒だ。
・第11条は契約不履行時の身体拘束の禁止
・第15条は遡及法の禁止であるが、常識をあらためて書かれている理由は不明。
・第16条は「人として認められる権利を有する」との内容で、これまた常識である。
これら3つは、発展途上国も多々加盟している国連での規約なので、発展途上国向けに、当たり前のことを明示したものだと思われる。これら3つは、欧州人権条約の第7条の内容と合致する。
・第18条は「思想・良心・宗教の自由」に関する条文である。
欧州人権条約では採用されていないが、国連決議の自由権規約では対象としている。
以上は欧州人権条約及び自由権規約の緊急事態条項に何が書いてあるのか、の事実開示である。また、フランス、ドイツ、イタリアの各国憲法の緊急事態条項に書かれていること、書かれていないことの事実も前回の「その3」で提示したが、これら事実からは、不足分については、以下の様に結論する。
<結論>
・欧州先進3ヶ国の憲法条文には、緊急事態の際に、制限出来る基本的人権または制限できない基本的人権、を細かく一々規定していない。
・憲法に書いていなくても、実際の緊急事態の運用に際しては、下位法や国際条約等の規定を順守するものと解される。
・従い、憲法に個別の基本的人権毎の規定を設けないと危険だとか致命傷だとかの議論は成り立たない。
・依って、個別の基本的人権毎の規定の有無は、必須要件ではない。
以上である。
「心当たりがある「不足分」」については、不足ではなかったのだが、これ以外の「不足分」の心当たりがないので、もし、何かあるのならば、コメント欄等でご指摘・ご覧楽いただきたい。
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【文末脚注】
(*1):緊急事態条項の必要性及び条文化の際の基礎的要件の提示
2017/06/22投稿:
緊急事態条項に関する考察・要件提示
<副題:緊急事態条項条文案の基礎知識1>
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-700.html
(*2):過去3回の検証記事
2017/06/23投稿:
緊急事態条項の要件を検証する(その1)
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-701.html
2017/06/25投稿:
緊急事態条項の要件を検証する(その2)
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-702.html
2017/06/27投稿:
緊急事態条項の要件を検証する(その3)
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-703.html
(*3):先進諸外国憲法の緊急事態条項
2017/06/16投稿:
(資料編)各国の緊急事態条項
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-695.html
(*4):欧州人権条約(正式名:人権及び基本的自由の保護のための条約)
http://hrlibrary.umn.edu/japanese/Jz17euroco.html
※第15条が同条約の緊急事態条項・1953年9月3日発効
(*5):欧州人権条約緊急事態条項2での明示条文
○<第2条(生命に対する権利>)
1 すべての者の生命に対する権利は、法律によって保護される、何人も、故意にその生命を奪われない。ただし、法律で死刑を定める犯罪について有罪の判決の後に裁判所の刑の言い渡しを執行する場合は、この限りでない。
2 生命の略奪は、それが次の目的のために絶対に必要な、力の行使の結果であるときは、本条に違反して行われたものとみなされない。
(a)不法な暴力から人を守るため
(b)合法的な逮捕を行い又は合法的に抑留した者の逃亡を防ぐため
(c)暴力又は反乱を鎮圧するために合法的にとって行為のため
○<第3条(拷問の禁止)>
何人も、拷問又は非人道的な若しくは品位を傷つける取扱いもしくは刑罰を受けない。
○<第4条(奴隷の状態及び強制労働の禁止)>(対象は1)
1 何人も、奴隷の状態又は奴隷状態に置かれない。
2 何人も、強制労働に服することを要求されない。
3 この条の適用上、「強制労働」には、次のものが含まれない。
(a)この条約の第五条の規定に基づく抑留の通常の過程又はその抑留を条件付で免除されているときに要求される作業
(b)軍事的性質の役務又は、良心的兵役拒否が認められている国における良心的兵役拒否の場合に、義務的軍役任務のかわりに要求される任務
(c)社会の存立又は福祉を脅かす緊急事態又は災害の場合に要求される任務
(d)市民としての通常の義務とされている作業又は任務
○<第7条(法律なくして処罰なし)>
1 何人も、実行の時に国内法又は国際法により犯罪を警戒しなかった作為又は不作為を理由として有罪とされることはない。何人も、犯罪が行われた時に刑罰よりも思い刑罰を科されない。
2 この条は、文明諸国の認める法の一般原則より実行の時に犯罪とされていた作為又は不作為を理由として裁判しかつ処罰することを妨げるものではない。
<以上、対象条文引用終わり>
(*6):現在の我が国での「人権項目のインフレ化」についての危惧
2015/10/15投稿:
憲法改正私案の検証13「人権」の整理2
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-232.html
※本来的な基本的人権としては、以下より引用する。
2015/10/16投稿:
憲法改正私案の検証14「人権」の整理3
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-233.html
A:本来的基本的人権:①自由権 ②平等権
B:上記A:を保障する法制度上の諸権利:③社会権
<本来的基本的人権A①自由権を保障する人権B③社会権の事例>
・居住と転居の自由
・住居に侵入されたり、捜索されたりする事はない
・通信の秘密をおかされる事はない
・所有権を侵される事はない(財産権)
・信教の自由
・言論・著作・出版・集会及び結社の自由
・請願の自由
<本来的基本的人権A②平等権を保障する人権B③社会権の事例>。
・公務員就業への平等
・裁判官による裁判を受ける権利を奪われる事はない
(*7):自由権規約(外務省呼称:市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約))
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kiyaku/2c_003.html
同規約の第4条が緊急事態条項
(*8):自由権規約2での明示条文
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kiyaku/2c_004.html
○<第6条>
1 すべての人間は、生命に対する固有の権利を有する。この権利は、法律によって保護される。何人も、恣意的にその生命を奪われない。
2 死刑を廃止していない国においては、死刑は、犯罪が行われた時に効力を有しており、かつ、この規約の規定及び集団殺害犯罪の防止及び処罰に関する条約の規定に抵触しない法律により、最も重大な犯罪についてのみ科することができる。この刑罰は、権限のある裁判所が言い渡した確定判決によってのみ執行することができる。
3 生命の剥奪が集団殺害犯罪を構成する場合には、この条のいかなる想定も、この規約の締約国が集団殺害犯罪の防止及び処罰に関する条約の規定に基づいて負う義務を方法のいかんを問わず免れることを許すものではないと了解する。
4 死刑を言い渡されたいかなる者も、特赦又は減刑を求める権利を有する。死刑に対する大赦、特赦又は減刑はすべての場合に与えることができる。
5 死刑は、十八歳未満の者が行った犯罪について科してはならず、また、妊娠中の女子に対して執行してはならない。
6 この条のいかなる規定も、この規約の締約国により死刑の廃止を遅らせ又は妨げるために援用されてはならない。
○<第7条>
何人も、拷問又は残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰を受けない。特に、何人も、その自由な同意なしに医学的又は科学的実験を受けない。
○<第8条>
1 何人も、奴隷の状態に置かれない。あらゆる形態の奴隷制度及び奴隷取引は、禁止する。
2 何人も、隷属状態に置かれない。
3(a)何人も、強制労働に服することを要求されない。
(b)(a)の規定は、犯罪に対する刑罰として強制労働を伴う拘禁刑を科することができる国において、権限のある裁判所による刑罰の言渡しにより強制労働をさせることを禁止するものと解してはならない。
(c)この三の適用上、「強制労働」には、次のものを含まない。
(i) 作業又は役務であって、(b)の規定において言及されておらず、かつ、裁判所の合法的な命令によって抑留されている者又はその抑留を条件付きで免除されている者に通常要求されるもの
(ii) 軍事的性質の役務及び、良心的兵役拒否が認められている国においては、良心的兵役拒否者が法律によって要求される国民的役務
(iii) 社会の存立又は福祉を脅かす緊急事態又は災害の場合に要求される役務
(iv) 市民としての通常の義務とされる作業又は役務
○<第11条>
何人も、契約上の義務を履行することができないことのみを理由として拘禁されない。
○<第15条>
1 何人も、実行の時に国内法又は国際法により犯罪を構成しなかった作為又は不作為を理由として有罪とされることはない。何人も、犯罪が行われた時に適用されていた刑罰よりも重い刑罰を科されない。犯罪が行われた後により軽い刑罰を科する規定が法律に設けられる場合には、罪を犯した者は、その利益を受ける。
2 この条のいかなる規定も、国際社会の認める法の一般原則により実行の時に犯罪とされていた作為又は不作為を理由として裁判しかつ処罰することを妨げるものでない。
○<第16条>
すべての者は、すべての場所において、法律の前に人として認められる権利を有する。
○<第18条>
1 すべての者は、思想、良心及び宗教の自由についての権利を有する。この権利には、自ら選択する宗教又は信念を受け入れ又は有する自由並びに、単独で又は他の者と共同して及び公に又は私的に、礼拝、儀式、行事及び教導によってその宗教又は信念を表明する自由を含む。
2 何人も、自ら選択する宗教又は信念を受け入れ又は有する自由を侵害するおそれのある強制を受けない。
3 宗教又は信念を表明する自由については、法律で定める制限であって公共の安全、公の秩序、公衆の健康若しくは道徳又は他の者の基本的な権利及び自由を保護するために必要なもののみを課することができる。
4 この規約の締約国は父母及び場合により法定保護者が、自己の信念に従って児童の宗教的及び道徳的教育を確保する自由を有することを尊重することを約束する。
<以上、対象条文引用終わり>



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