緊急事態条項の要件を検証する(その3)
- 2017/06/27
- 18:25
緊急事態条項の要件を検証する(その3)

副題:緊急事態条項・条文案議論の基礎知識4 フランス、イギリス、イタリア等の各国憲法を例に
前回迄の2回の記事、その1及びその2(*1)は、最初に提示した要件(*2)の過不足のうち、過多な要件の有無を検証したが、今回は、要件として不足しているものがないかどうかを検証する。
尚、諸外国憲法の緊急事態条項に関しては、「(資料編)各国の緊急事態条項(*3)」を適宜参照しながら検証する。
最初に言っておくが、「不足している要件」には心当たりがある。(笑)
「緊急事態条項」をネットで検索すると、「現代用語の基礎知識」や「知恵蔵」や、その他反日本人陣営による「人権制限がぁ~」に軸足を置いた記事がヒットする。
これらの多くは、緊急事態条項のそもそもの目的である「非常事態から国民を守る」よりも、その目的達成の為の一時的手段である「一時的な「人権」制限」に焦点をあてたものであり、そういうことを論の中心に据える論述は、大体が「緊急事態条項反対派」である。
そんな「反対ありき」の姿勢では議論が歪むので、これまでは、「そもそもの目的」に軸足を置いて論考してきた。それ故に、「心当たりがある」のである。
今回は、我が国の「そういう方々」に「配慮して」諸外国憲法の緊急事態事項から、A:緊急事態に於いて制限するものが具体的に提示されているか否か、B:緊急事態に於いても制限することが出来ないものが具体的に提示されているか否か、との視点で検証を進める。
1)フランス憲法を事例に
フランス憲法の緊急事態条項は第16条である。
その条文を、今回テーマである上記A及びBの視点を以て読んだところ、第16条には明示的・具体的な記載はなかった。
唯一あるのは、第16条第1項:「状況により必要とされる措置をとる」との記載だけで、そもそもの目的である「緊急事態から国民を守る」為の措置の妥当性は、議会・憲法院等が判断・内部牽制する仕組みで運営される建て付けであることが読み取れる。
「人権の制限」が憲法上で明示的・具体的な記載がないことが「致命傷」だとする論を展開する方がいるが、フランス憲法の事例からは、そういう物言いはオーバーであることがわかる。
2)ドイツ憲法(基本法)を事例に
ドイツ憲法の緊急事態に関しては、防衛事態を規定した第115条aから115l条を対象にした。その条文を今回テーマの視点で読んだところ、文末脚注(*4)に記載した様に、明示的・具体的記載があることを確認した。
(今回論考の主要部分は、むしろ文末脚注(*4)の記載である(笑))
その結果は、ドイツは連邦制の国家体制であり、各州が国内統治権=主権1)を持つ建て付けであるあり、平時は、連邦と各州(ドイツ語での「ラント」を用いて「各ラント」と和訳されている)の権限を規定しているのだが、緊急事態の際には挙国一致して緊急事態に対処する為に、各州の権限を連邦に集中するとの規定が必要になっていることから、その具体的規定が多く並ぶ条文であることを確認した。
一方、「そういう方々」の関心が高い、各個人の「人権」に関する具体的規定としては、以下の2点だけであった。
①:◇第115c条第2項の1の「公用収用」(所謂「「強制徴用」)に関する特例
②:◇第115c条第2項の2の「自由剥奪」に関する特例
①の「公用収用」に関しては、ドイツ憲法では平時に於いても「公用収用」が出来る規定(同国憲法第14条3項2段)があるのだが、緊急事態発生時には、その運用に特例が設けられるとの規定である。
②の「自由剥奪」に関しては、ドイツ憲法では平時に於いては、逮捕の翌日には裁判官のもとに引き渡されなければならない、との拘置期限を翌日とする「翌日規定」があるのだが、緊急事態発生時には、それを最大4日まで延長できるとの規定である。
これ以外には、「個人の人権」に関しての具体的な制限事項・制限不可事項は見当たらない。
3)イタリア憲法を事例に
イタリア憲法での各個人の「人権」に係る特例としては、同国憲法第103条以外は見当たらない。同条は「戦時」との緊急事態発生時には、軍法会議の対象が平時の「軍人及び軍事犯罪」に限定されている状態から、一般法規定による裁判権を持つとする規定である。
この様な規定は、他の諸国の下位法・戒厳令規定で見られるもので、特殊なものではない。
さて、以上がフランス、ドイツ、イタリアの各国憲法の緊急事態条項での「人権の制限」に関する規定である。結論としては、細かくは一々規定していないということだ。
緊急事態発生時に、国民の安全を確保することが目的の緊急事態条項なのだが、反日本人陣営は、緊急事態条項に反対している。その際に、盛んに「人権制限がある緊急事態条項には反対だぁ~」と言っているのだが、国家が国民を守ることに反対している様にしか見えないのである。
とは言え、今回は、「そういう方々」に「配慮」するのもテーマの1つである。
「そういう方々」の一派であろうと思われる方々が、緊急事態条項を作る際には、「制限される人権を明示しろ」「制限出来ない人権を明示しろ」とか言っているが、フランス、ドイツ、イタリアの各国憲法では、細かくは一々規定していないのであるから、そういう指摘は妥当ではないことがわかるだろう。
では、フランス、ドイツ、イタリアでは、緊急時の人権保証のルールがないのか、というとそうではない。そういうルールはちゃんと存在している。
そのルールとは具体的には、欧州人権条約(*5)である。
同条約の正式名は「人権及び基本的自由の保護のための条約」であるが、同条約の第15条には「緊急事態条項」があり、それをベースに運用しているので、わざわざ「制限される人権」や「制限しない人権」の定義を憲法条文の中に入れ込んでいないものと解している。
同条約は欧州諸国により、1950年11月4日にローマにて署名され、1953年9月3日に発効している条約であり、フランス、ドイツ、イタリアは条約参加国である。
「憲法条文に書くべき項目か」「下位法規定とすべき項目か」「国債条約○○の順守をわざわざ憲法条文に入れるのか?」との議論をせずに「なんでもかんでも憲法規定」との姿勢には賛同できないのである。
この様な話をすると、「そのような方々」は、「それは欧州での条約で日本は参加していない」と言いたがるのだろうが、我が国は、同様趣旨の自由権規約(外務省呼称:市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約))(*6)を批准しており、同規約の第4条が緊急事態条項であり、それらを用いる構造となると想定され、「憲法に書く」ことが必須要件ではないと考えている。
ドイツ憲法に関する文末脚注が相当長いので、欧州人権条約及び自由権規約については、項を分けて続ける。
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【文末脚注】
(*1):前回迄の2回の記事
2017/06/23投稿:
緊急事態条項の要件を検証する(その1)
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-701.html
2017/06/25投稿:
緊急事態条項の要件を検証する(その2)
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-702.html
(*2):最初に提示した要件
2017/06/22投稿:
緊急事態条項に関する考察・要件提示
<副題:緊急事態条項条文案の基礎知識1>
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-700.html
(*3):先進諸外国憲法の緊急事態条項
2017/06/16投稿:
(資料編)各国の緊急事態条項
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-695.html
(*4):ドイツ憲法(基本法)の緊急事態(防衛事態)条項条文の検証
A:緊急事態に於いて制限するものが具体的に提示されているか
B:緊急事態に於いても制限することが出来ないもの
<第115a条から第115l条から該当条文を抜粋引用>
http://www.fitweb.or.jp/~nkgw/dgg/
◇第115a条及び第115b条は、今回考察視点とは関係ないので記載省略
◇第115c条 [連邦の立法権限の拡張]
(1) 連邦は、防衛事態に対処するために、ラントの立法権限に属する分野においても、競合的立法権を行使する。これらの法律は、連邦参議院の同意を必要とする。
(2) 連邦は、防衛事態の間、事情が必要とする限り、連邦法により、防衛事態の対処のために次のことをすることができる。
1.公用収用の補償に関して、暫定的に第14条3項2段と異なる措置を定めること。
2.自由剥奪に関して、裁判官が、平時に適用される期間内では活動することができないとき、第104条2項および3項1段とは異なる期間、ただし最高限4日の期間を定めること。
(3) 連邦は、防衛事態において、現在の攻撃または直接切迫した攻撃を防御するために必要な限りで、連邦参議院の同意を必要とする連邦法により、連邦およびラントの行政または財政制度について、第8章、第8a章および第10章と異なる規律を定めることができる。この場合、ラント、市町村および市町村連合の生存能力が、とくに財政的な観点からも保護されなければならない。
(4) 1項および2項1号による連邦法は、その執行の準備のために、防衛事態の発生前であっても適用することができる。
↓
◆第1項:この条文の内容は、防衛事態時には、各州立法権を上回る立法権を連邦政府は行使できるとの規定である。
この様な規定がドイツ憲法にあるのは、ドイツは連邦制の国家体制であり、各州が国内統治権=主権1)を持つ建て付けであるからだ。そして、緊急事態の際には挙国一致して緊急事態に対処する為に、各州の権限を連邦に集中するとの規定が必要になっていることからの条文である。この条文の意味するところは、一時的に各州立法権の制限となるものなので、分類としては(A)となるのだが、我が国やフランス、イタリアの様な1国家1主権の国家体制の国には必要のない条文である。(ドイツの国体が連邦制国家であることから、これ以降も緊急事態の際に、各州の主権1)を制限して連邦政府に集約するとの連邦制国家特有の規定が多々出てくる。)
◆第2項の1:同条にある「第14条3項2段」とは、第14条 [所有権、相続権、公用収用]の基本的人権の1つである「財産権」の規定の中にある第3項「公用収用」に関して、平時規定とは別の緊急時規定を定めることが出来る旨の条文である。
ドイツ憲法の平時の財産権規定の中に「公用収用」規定がある。
「公用収用」と言うよりも、左巻きマスコミが常用する「強制徴用」との言葉の方が流通しているので、イメージは悪いのだが、「公用収用」とは、公共の利益となる特定の事業の用に供するために、国家または各州が国民から特定の財産を強制的に取得することを言う。その場合、国民には正当な補償をすることが法定されている。
基本的人権の、それこそ基本中の基本である財産権に「公用収用」規定があるのは、なにもドイツ憲法だけではない。所謂「護憲派」が大好きな我が国現行憲法の財産権規定である第29条の第3項にも「公用収用」規定がある。
ドイツ憲法では、防衛事態の際には、その平時規定とは別の規定にすることを緊急事態条項で認めている。
所謂「護憲派」は、そういう防衛事態での特例があることを以て「人権抑圧だぁ~」と大騒ぎをするのだが、それは印象操作である。
自動車保険の車両保険部分の免責事項には、戦争、内乱、暴動などによる損害や地震や噴火またはこれらによる津波等による平時とは違う理由による車両損害には保険金は支払われない旨が書いてある。そういう緊急事態は平時の保険対象とは違いますとの当たり前の話なのである。自動車保険の免責事項には何も言わず、憲法の緊急事態条項には大騒ぎするのは、ダブルスタンダード・印象操作に該当する。
この第115c条の第2項の1は、平時の財産権規定とは違う規定を採用できるとの(A)の分類の話である。
◆第2項の2:「自由剥奪」に関する緊急時特例規定である。同条は、基本的には平時基準を採用しているのだが、それが難しい場合には、同条にある「第104条2項および3項1段」とは異なる期間での「自由剥奪」を可能とする緊急事態特例条文である。
ドイツ憲法「第104条」は「自由剥奪における法的保障」規定であり、同条第2項では「何人をも、逮捕の翌日の終わりまでより長く自己のところに留置することはできない」との規定があり、また、第3項1段には「犯罪行為の嫌疑のために、一時逮捕された者は、遅くとも逮捕の翌日に裁判官のもとに引致されなければならず」との「翌日規定」がある。
これに対して、防衛事態の際は、4日を限度として、この翌日規定の期間を延ばすことが出来る特例を設けている。
この第115c条の第2項の2は、平時の自由権規定である「翌日」とは違う期間を採用できるとの(A)の分類の話であるのだが、同時に「4日が限度」との(B)の分類の話でもある。
◆第3項:同条にある「第8章、第8a章および第10章」とは、立法及び財政に係る連邦と諸州との関係に関する条項である。
第8章は「連邦法の執行および連邦行政」に関する章で、連邦と諸州の間の権限配分等を規定している。第8a章は連邦と諸州の「共同の任務」に関する章で、連邦法に基づく連邦の協力及び協定に基づく連邦と諸州の協力に関して規定する章である。最後の第10章は「財政」の章で、連邦および諸州の支出負担、財政援助、租税に関する立法権限、租税収入の配分等に関して規定している。
これら連邦と各州の権限区分は、連邦制国家では重要な取り決めであるが、防衛事態の際には、連邦国家として挙国一致体制が必要であることから、これら規定の特例が規定されている。我が国の場合は、連邦制ではないので、あまり参考にはならない部分であるが、分類としては(A)となる。
◇第115d条 [緊急立法]
(1) 連邦の立法について、防衛事態においては、第76条2項、第77条1項2段および2項ないし4項、第78条ならびに第82条1項によらず、本条2項および3項の規定を適用する。
(2) 連邦政府が緊急なものと表明した連邦政府の法律案は、連邦議会に提出されるのと同時に連邦参議院に送付される。連邦議会と連邦参議院は、速やかに法律案を合同で審議する。法律が連邦参議院の同意を必要とするときは、その法律の成立には、連邦参議院の投票の過半数の同意を必要とする。詳細は、連邦議会が議決し、かつ連邦参議院の同意を必要とする議事規則で定める。
(3) 法律の公布については、第115a条3項2段を準用する。
↓
◆第1項にある「第76条2項、第77条1項2段および2項ないし4項、第78条ならびに第82条1項」とは、総て立法手続関連規定である。防衛事態の際は、これら平時基準の手続規定にある審議期間の短縮化や簡素化が出来るとの特例が第115d条 [緊急立法]の主旨である。
第76条第2項は法案審議期間規定で、平時基準の為に数週間程度の期間が法規定されており、防衛事態の際には、その様な悠長なことでなくて良いとの規定である。
同様、第77条1項2段および2項ないし4項も、議会に於ける立法手続の規定で、平時基準で週間とかの規定となっている。また、第78条 [連邦法の成立]及び第82条 [法令の認証、公布、施行]も立法手続規定である。
これらは、緊急時の手続きの合理的短縮化を認めるものであり「制限云々」の話ではないが、分類するならば(A)となろう。
◇第115e条 [合同委員会の権限]
(1) 合同委員会が防衛事態において、委員の過半数かつ投票の3分の2の多数で、連邦議会の適時の集会に克服しがたい障害があり、または議決不能であることを確認したときは、合同委員会は、連邦議会および連邦参議院の地位を有し、両者の権利を統一して行使する。
(2) 合同委員会の法律によって基本法を改正し、基本法の全部もしくは一部の効力を失わせ、または適用を停止することは許されない。合同委員会は、第23条1項2段、第24条1項および第29条による法律を制定する権限はもたない。
↓
◆第2項の規定は同一主旨を2つの段落にて繰り返し述べている。
第2項の前半にある「合同委員会の法律によって基本法を改正し、基本法の全部もしくは一部の効力を失わせ、または適用を停止することは許されない。」とは、防衛事態の際に、合同委員会という緊急時対応組織に権限を集中して、効率的に国民の安全を確保するのだが、だからと言って、改憲的な緊急法の制定権限まではありません、という意味だ。
後半は、その具体的な対象の明示である。条文後半では「合同委員会は、第23条1項2段、第24条1項および第29条による法律を制定する権限はもたない。」と明示してあるが、同条文中にある「第23条1項2段、第24条1項および第29条」とは、各々、第23条は「ヨーロッパ連合(EU)」との関係規定で、主権的権利の委譲可能規定、第24条は「国際機関」への主権的権利の委譲可能規定で、ここで言う「国際機関」とは、NATO軍のことである。また、第29条は「連邦領域の再編成」に関する規定であり、これらは、第二次世界大戦後のドイツの国際関係上の基本的要件であり、言わば「戦後ドイツの「国の形」」そのものの規定であることから「変更不可」だとするものである。
これは「B:緊急時に於いても制限することが出来ないもの」に該当する。
◇第115f条 [連邦政府の権限]
(1) 連邦政府は、防衛事態において、事情が必要とする限りで、次のことをすることができる。
1.連邦国境警備隊を連邦の全領域に出動させること。
2.連邦行政機関のほかラント政府に対して、さらに、連邦政府が急を要すると認めるときはラントの官庁に対して、指示を与えること、ならびにこの権限を連邦政府の指名するラント政府の構成員に委任すること。
(2) 1項によってとられた措置は、遅滞なく、連邦議会、連邦参議院および合同委員会に報告しなければならない。
↓
◆第115f条は、先に説明した「連邦制国家特有の規定」である。
◆第1項の1:ドイツの連邦国境警備隊は、国防軍とは違う組織であるが、重装備を持たないだけの準軍隊である。連邦国家に於いての各州は、主権1)に基づく自己決定権があるので、緊急時の特例として、準軍隊を「連邦の全領域に出動させること」ができるとの規定である。これは逆に言えば、各州の主権1)・自己決定権の一時的制限規定であり、分類するなら(A)に該当する。
◆第1項の2:最初の第115c条第1項にて述べた様に、連邦制国家ドイツに於いて、緊急事態の際に、各州の主権1)を制限して、連邦政府に集約するとの連邦制国家の建て付け上必要な規定である。分類するなら(A)に該当する。
◇第115g条 [連邦憲法裁判所の地位]
連邦憲法裁判所およびその裁判官の憲法上の地位または憲法上の任務の遂行は、侵害してはならない。連邦憲法裁判所法を合同委員会の法律によって改正することができるのは、それが連邦憲法裁判所の見解によっても連邦憲法裁判所の機能の維持のために必要であるとされる場合に限られる。このような法律が制定されるまでの間、連邦憲法裁判所は、裁判所の活動能力の維持のために必要な措置をとることができる。連邦憲法裁判所は、出席裁判官の過半数で、2段および3段の決定を行う。
↓
◆第115g条は、連邦憲法裁判所は緊急事態に於いても平時と同じ役割とするとの(B)分類の規定である。
「憲法裁判所」の制度は我が国にはないので、分かり難いと思うが、要するに「違憲立法の審査」を裁判形式で行う機関のことで、その機能は我が国の場合、最高裁が持つ(現行憲法第81条)。緊急事態に於いても「三権分立体制を維持します」との条文である。
◇第115h条 [憲法機関の機能](略)
↓
◆同条は、緊急事態に於いて議会は解散しない等の規定であり、最初に提示した基本的要件であり、今回視点の対象外である。
尚、拗れてしまった方が言うであろう「緊急事態中の議会解散の禁止は、国民主権の行使制限だぁ~」との屁理屈はまったくの的外れである。緊急事態中に選挙を行うことは、同事態に対処すべき国民の代表が空席となる状態であり、事態対応が中断されることを意味する。
◇第115i条 [ラント政府の権限]
(1) 権限を有する連邦機関が、危険を防止するための必要な措置をとることができる状況になく、かつ、連邦領域の個別の部分における即時の自主的な行動が不可避的に必要であるときは、ラント政府またはラント政府の指定する官庁もしくは受任者が、第115f条1項の意味における措置を管轄の範囲でとる権限を有する。
(2) 1項による措置は、連邦政府により、またラント官庁および下級の連邦官庁との関係では、ラントの首相によっても、いつでも廃止することができる。
↓
◆第115i条 [ラント政府(各州政府)の権限]は、防衛事態時の連邦政府への権限集中体制の中で例外規定である。
緊急事態条項のそもそもの目的が「国民の安全の確保」であり、それを実現する為に、連邦政府に権限を集中するのだが、連邦政府が出来ない場合には、各州政府が各州政府管轄内で自主的な緊急事態対応が出来るとの合目的的な例外規定である。
今回の「制限」視点の問題ではない。
◇第115k条 [非常事態における法令の効力]
(1) 第115c条、第115e条および第115g条による法律、ならびにこれらの法律の根拠に基づいて制定された法規命令は、それが適用されている期間中は、これに反する法の適用を排除する。ただし、第115c条、第115e条および第115g条の根拠に基づいて以前に制定された法律については、この限りでない。
(2) 合同委員会が議決した法律およびこれらの法律に基づいて制定された法規命令は、遅くとも防衛事態の終了の6カ月後に効力を失う。
↓
◆第115k条は、緊急事態条項が「緊急時の一時的体制」であることを担保する規定である。
これも、基礎的要件を担保する規定であり、今回考察視点とは関係ないので省略する。
◇第115l条 [防衛事態における法律および措置の廃止、防衛事態の終了、講和]
(1) 連邦議会は、連邦参議院の同意を得て、いつでも合同委員会の法律を廃止することができる。連邦参議院は、連邦議会がこの議決を行うように要求することができる。その他、合同委員会または連邦政府が危険防止のためにとった措置は、連邦議会および連邦参議院の議決により廃止される。
(2) 連邦議会は、いつでも、連邦参議院の同意を得て、連邦大統領が公布する議決によって防衛事態の終了を宣言することができる。連邦参議院は、連邦議会がこの議決を行うように要求することができる。防衛事態は、その確認の前提となった条件が存在しなくなったときは、遅滞なくその終了を宣言しなけれはならない。
(3) 講和については、連邦法で決定する。
↓
◆◆第115l条も、緊急事態条項が「緊急時の一時的体制」であることを担保する規定である。これも、基礎的要件を担保する規定であり、今回考察視点とは関係ないので省略する。
<ドイツ憲法の緊急事態条項条文の検証終わり>
【ご参考】:基本的人権である財産権の、我が国での規定
日本国憲法 (昭和二十一年十一月三日憲法)
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S21/S21KE000.html
第29条:財産権は、これを侵してはならない。
同第2項 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
同第3項 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。
<引用終わり>
(*5):欧州人権条約(正式名:人権及び基本的自由の保護のための条約)
http://hrlibrary.umn.edu/japanese/Jz17euroco.html
欧州人権条約での緊急事態条項は第15条
1953年9月3日発効
(*6):自由権規約(外務省呼称:市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約))
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kiyaku/2c_001.html
1966年12月16日国連総会で採択、1976年3月23日に効力が発生。我が国は1979年に批准している
同規約の緊急事態条項は第4条。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kiyaku/2c_003.html
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副題:緊急事態条項・条文案議論の基礎知識4 フランス、イギリス、イタリア等の各国憲法を例に
前回迄の2回の記事、その1及びその2(*1)は、最初に提示した要件(*2)の過不足のうち、過多な要件の有無を検証したが、今回は、要件として不足しているものがないかどうかを検証する。
尚、諸外国憲法の緊急事態条項に関しては、「(資料編)各国の緊急事態条項(*3)」を適宜参照しながら検証する。
最初に言っておくが、「不足している要件」には心当たりがある。(笑)
「緊急事態条項」をネットで検索すると、「現代用語の基礎知識」や「知恵蔵」や、その他反日本人陣営による「人権制限がぁ~」に軸足を置いた記事がヒットする。
これらの多くは、緊急事態条項のそもそもの目的である「非常事態から国民を守る」よりも、その目的達成の為の一時的手段である「一時的な「人権」制限」に焦点をあてたものであり、そういうことを論の中心に据える論述は、大体が「緊急事態条項反対派」である。
そんな「反対ありき」の姿勢では議論が歪むので、これまでは、「そもそもの目的」に軸足を置いて論考してきた。それ故に、「心当たりがある」のである。
今回は、我が国の「そういう方々」に「配慮して」諸外国憲法の緊急事態事項から、A:緊急事態に於いて制限するものが具体的に提示されているか否か、B:緊急事態に於いても制限することが出来ないものが具体的に提示されているか否か、との視点で検証を進める。
1)フランス憲法を事例に
フランス憲法の緊急事態条項は第16条である。
その条文を、今回テーマである上記A及びBの視点を以て読んだところ、第16条には明示的・具体的な記載はなかった。
唯一あるのは、第16条第1項:「状況により必要とされる措置をとる」との記載だけで、そもそもの目的である「緊急事態から国民を守る」為の措置の妥当性は、議会・憲法院等が判断・内部牽制する仕組みで運営される建て付けであることが読み取れる。
「人権の制限」が憲法上で明示的・具体的な記載がないことが「致命傷」だとする論を展開する方がいるが、フランス憲法の事例からは、そういう物言いはオーバーであることがわかる。
2)ドイツ憲法(基本法)を事例に
ドイツ憲法の緊急事態に関しては、防衛事態を規定した第115条aから115l条を対象にした。その条文を今回テーマの視点で読んだところ、文末脚注(*4)に記載した様に、明示的・具体的記載があることを確認した。
(今回論考の主要部分は、むしろ文末脚注(*4)の記載である(笑))
その結果は、ドイツは連邦制の国家体制であり、各州が国内統治権=主権1)を持つ建て付けであるあり、平時は、連邦と各州(ドイツ語での「ラント」を用いて「各ラント」と和訳されている)の権限を規定しているのだが、緊急事態の際には挙国一致して緊急事態に対処する為に、各州の権限を連邦に集中するとの規定が必要になっていることから、その具体的規定が多く並ぶ条文であることを確認した。
一方、「そういう方々」の関心が高い、各個人の「人権」に関する具体的規定としては、以下の2点だけであった。
①:◇第115c条第2項の1の「公用収用」(所謂「「強制徴用」)に関する特例
②:◇第115c条第2項の2の「自由剥奪」に関する特例
①の「公用収用」に関しては、ドイツ憲法では平時に於いても「公用収用」が出来る規定(同国憲法第14条3項2段)があるのだが、緊急事態発生時には、その運用に特例が設けられるとの規定である。
②の「自由剥奪」に関しては、ドイツ憲法では平時に於いては、逮捕の翌日には裁判官のもとに引き渡されなければならない、との拘置期限を翌日とする「翌日規定」があるのだが、緊急事態発生時には、それを最大4日まで延長できるとの規定である。
これ以外には、「個人の人権」に関しての具体的な制限事項・制限不可事項は見当たらない。
3)イタリア憲法を事例に
イタリア憲法での各個人の「人権」に係る特例としては、同国憲法第103条以外は見当たらない。同条は「戦時」との緊急事態発生時には、軍法会議の対象が平時の「軍人及び軍事犯罪」に限定されている状態から、一般法規定による裁判権を持つとする規定である。
この様な規定は、他の諸国の下位法・戒厳令規定で見られるもので、特殊なものではない。
さて、以上がフランス、ドイツ、イタリアの各国憲法の緊急事態条項での「人権の制限」に関する規定である。結論としては、細かくは一々規定していないということだ。
緊急事態発生時に、国民の安全を確保することが目的の緊急事態条項なのだが、反日本人陣営は、緊急事態条項に反対している。その際に、盛んに「人権制限がある緊急事態条項には反対だぁ~」と言っているのだが、国家が国民を守ることに反対している様にしか見えないのである。
とは言え、今回は、「そういう方々」に「配慮」するのもテーマの1つである。
「そういう方々」の一派であろうと思われる方々が、緊急事態条項を作る際には、「制限される人権を明示しろ」「制限出来ない人権を明示しろ」とか言っているが、フランス、ドイツ、イタリアの各国憲法では、細かくは一々規定していないのであるから、そういう指摘は妥当ではないことがわかるだろう。
では、フランス、ドイツ、イタリアでは、緊急時の人権保証のルールがないのか、というとそうではない。そういうルールはちゃんと存在している。
そのルールとは具体的には、欧州人権条約(*5)である。
同条約の正式名は「人権及び基本的自由の保護のための条約」であるが、同条約の第15条には「緊急事態条項」があり、それをベースに運用しているので、わざわざ「制限される人権」や「制限しない人権」の定義を憲法条文の中に入れ込んでいないものと解している。
同条約は欧州諸国により、1950年11月4日にローマにて署名され、1953年9月3日に発効している条約であり、フランス、ドイツ、イタリアは条約参加国である。
「憲法条文に書くべき項目か」「下位法規定とすべき項目か」「国債条約○○の順守をわざわざ憲法条文に入れるのか?」との議論をせずに「なんでもかんでも憲法規定」との姿勢には賛同できないのである。
この様な話をすると、「そのような方々」は、「それは欧州での条約で日本は参加していない」と言いたがるのだろうが、我が国は、同様趣旨の自由権規約(外務省呼称:市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約))(*6)を批准しており、同規約の第4条が緊急事態条項であり、それらを用いる構造となると想定され、「憲法に書く」ことが必須要件ではないと考えている。
ドイツ憲法に関する文末脚注が相当長いので、欧州人権条約及び自由権規約については、項を分けて続ける。
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【文末脚注】
(*1):前回迄の2回の記事
2017/06/23投稿:
緊急事態条項の要件を検証する(その1)
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-701.html
2017/06/25投稿:
緊急事態条項の要件を検証する(その2)
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-702.html
(*2):最初に提示した要件
2017/06/22投稿:
緊急事態条項に関する考察・要件提示
<副題:緊急事態条項条文案の基礎知識1>
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-700.html
(*3):先進諸外国憲法の緊急事態条項
2017/06/16投稿:
(資料編)各国の緊急事態条項
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-695.html
(*4):ドイツ憲法(基本法)の緊急事態(防衛事態)条項条文の検証
A:緊急事態に於いて制限するものが具体的に提示されているか
B:緊急事態に於いても制限することが出来ないもの
<第115a条から第115l条から該当条文を抜粋引用>
http://www.fitweb.or.jp/~nkgw/dgg/
◇第115a条及び第115b条は、今回考察視点とは関係ないので記載省略
◇第115c条 [連邦の立法権限の拡張]
(1) 連邦は、防衛事態に対処するために、ラントの立法権限に属する分野においても、競合的立法権を行使する。これらの法律は、連邦参議院の同意を必要とする。
(2) 連邦は、防衛事態の間、事情が必要とする限り、連邦法により、防衛事態の対処のために次のことをすることができる。
1.公用収用の補償に関して、暫定的に第14条3項2段と異なる措置を定めること。
2.自由剥奪に関して、裁判官が、平時に適用される期間内では活動することができないとき、第104条2項および3項1段とは異なる期間、ただし最高限4日の期間を定めること。
(3) 連邦は、防衛事態において、現在の攻撃または直接切迫した攻撃を防御するために必要な限りで、連邦参議院の同意を必要とする連邦法により、連邦およびラントの行政または財政制度について、第8章、第8a章および第10章と異なる規律を定めることができる。この場合、ラント、市町村および市町村連合の生存能力が、とくに財政的な観点からも保護されなければならない。
(4) 1項および2項1号による連邦法は、その執行の準備のために、防衛事態の発生前であっても適用することができる。
↓
◆第1項:この条文の内容は、防衛事態時には、各州立法権を上回る立法権を連邦政府は行使できるとの規定である。
この様な規定がドイツ憲法にあるのは、ドイツは連邦制の国家体制であり、各州が国内統治権=主権1)を持つ建て付けであるからだ。そして、緊急事態の際には挙国一致して緊急事態に対処する為に、各州の権限を連邦に集中するとの規定が必要になっていることからの条文である。この条文の意味するところは、一時的に各州立法権の制限となるものなので、分類としては(A)となるのだが、我が国やフランス、イタリアの様な1国家1主権の国家体制の国には必要のない条文である。(ドイツの国体が連邦制国家であることから、これ以降も緊急事態の際に、各州の主権1)を制限して連邦政府に集約するとの連邦制国家特有の規定が多々出てくる。)
◆第2項の1:同条にある「第14条3項2段」とは、第14条 [所有権、相続権、公用収用]の基本的人権の1つである「財産権」の規定の中にある第3項「公用収用」に関して、平時規定とは別の緊急時規定を定めることが出来る旨の条文である。
ドイツ憲法の平時の財産権規定の中に「公用収用」規定がある。
「公用収用」と言うよりも、左巻きマスコミが常用する「強制徴用」との言葉の方が流通しているので、イメージは悪いのだが、「公用収用」とは、公共の利益となる特定の事業の用に供するために、国家または各州が国民から特定の財産を強制的に取得することを言う。その場合、国民には正当な補償をすることが法定されている。
基本的人権の、それこそ基本中の基本である財産権に「公用収用」規定があるのは、なにもドイツ憲法だけではない。所謂「護憲派」が大好きな我が国現行憲法の財産権規定である第29条の第3項にも「公用収用」規定がある。
ドイツ憲法では、防衛事態の際には、その平時規定とは別の規定にすることを緊急事態条項で認めている。
所謂「護憲派」は、そういう防衛事態での特例があることを以て「人権抑圧だぁ~」と大騒ぎをするのだが、それは印象操作である。
自動車保険の車両保険部分の免責事項には、戦争、内乱、暴動などによる損害や地震や噴火またはこれらによる津波等による平時とは違う理由による車両損害には保険金は支払われない旨が書いてある。そういう緊急事態は平時の保険対象とは違いますとの当たり前の話なのである。自動車保険の免責事項には何も言わず、憲法の緊急事態条項には大騒ぎするのは、ダブルスタンダード・印象操作に該当する。
この第115c条の第2項の1は、平時の財産権規定とは違う規定を採用できるとの(A)の分類の話である。
◆第2項の2:「自由剥奪」に関する緊急時特例規定である。同条は、基本的には平時基準を採用しているのだが、それが難しい場合には、同条にある「第104条2項および3項1段」とは異なる期間での「自由剥奪」を可能とする緊急事態特例条文である。
ドイツ憲法「第104条」は「自由剥奪における法的保障」規定であり、同条第2項では「何人をも、逮捕の翌日の終わりまでより長く自己のところに留置することはできない」との規定があり、また、第3項1段には「犯罪行為の嫌疑のために、一時逮捕された者は、遅くとも逮捕の翌日に裁判官のもとに引致されなければならず」との「翌日規定」がある。
これに対して、防衛事態の際は、4日を限度として、この翌日規定の期間を延ばすことが出来る特例を設けている。
この第115c条の第2項の2は、平時の自由権規定である「翌日」とは違う期間を採用できるとの(A)の分類の話であるのだが、同時に「4日が限度」との(B)の分類の話でもある。
◆第3項:同条にある「第8章、第8a章および第10章」とは、立法及び財政に係る連邦と諸州との関係に関する条項である。
第8章は「連邦法の執行および連邦行政」に関する章で、連邦と諸州の間の権限配分等を規定している。第8a章は連邦と諸州の「共同の任務」に関する章で、連邦法に基づく連邦の協力及び協定に基づく連邦と諸州の協力に関して規定する章である。最後の第10章は「財政」の章で、連邦および諸州の支出負担、財政援助、租税に関する立法権限、租税収入の配分等に関して規定している。
これら連邦と各州の権限区分は、連邦制国家では重要な取り決めであるが、防衛事態の際には、連邦国家として挙国一致体制が必要であることから、これら規定の特例が規定されている。我が国の場合は、連邦制ではないので、あまり参考にはならない部分であるが、分類としては(A)となる。
◇第115d条 [緊急立法]
(1) 連邦の立法について、防衛事態においては、第76条2項、第77条1項2段および2項ないし4項、第78条ならびに第82条1項によらず、本条2項および3項の規定を適用する。
(2) 連邦政府が緊急なものと表明した連邦政府の法律案は、連邦議会に提出されるのと同時に連邦参議院に送付される。連邦議会と連邦参議院は、速やかに法律案を合同で審議する。法律が連邦参議院の同意を必要とするときは、その法律の成立には、連邦参議院の投票の過半数の同意を必要とする。詳細は、連邦議会が議決し、かつ連邦参議院の同意を必要とする議事規則で定める。
(3) 法律の公布については、第115a条3項2段を準用する。
↓
◆第1項にある「第76条2項、第77条1項2段および2項ないし4項、第78条ならびに第82条1項」とは、総て立法手続関連規定である。防衛事態の際は、これら平時基準の手続規定にある審議期間の短縮化や簡素化が出来るとの特例が第115d条 [緊急立法]の主旨である。
第76条第2項は法案審議期間規定で、平時基準の為に数週間程度の期間が法規定されており、防衛事態の際には、その様な悠長なことでなくて良いとの規定である。
同様、第77条1項2段および2項ないし4項も、議会に於ける立法手続の規定で、平時基準で週間とかの規定となっている。また、第78条 [連邦法の成立]及び第82条 [法令の認証、公布、施行]も立法手続規定である。
これらは、緊急時の手続きの合理的短縮化を認めるものであり「制限云々」の話ではないが、分類するならば(A)となろう。
◇第115e条 [合同委員会の権限]
(1) 合同委員会が防衛事態において、委員の過半数かつ投票の3分の2の多数で、連邦議会の適時の集会に克服しがたい障害があり、または議決不能であることを確認したときは、合同委員会は、連邦議会および連邦参議院の地位を有し、両者の権利を統一して行使する。
(2) 合同委員会の法律によって基本法を改正し、基本法の全部もしくは一部の効力を失わせ、または適用を停止することは許されない。合同委員会は、第23条1項2段、第24条1項および第29条による法律を制定する権限はもたない。
↓
◆第2項の規定は同一主旨を2つの段落にて繰り返し述べている。
第2項の前半にある「合同委員会の法律によって基本法を改正し、基本法の全部もしくは一部の効力を失わせ、または適用を停止することは許されない。」とは、防衛事態の際に、合同委員会という緊急時対応組織に権限を集中して、効率的に国民の安全を確保するのだが、だからと言って、改憲的な緊急法の制定権限まではありません、という意味だ。
後半は、その具体的な対象の明示である。条文後半では「合同委員会は、第23条1項2段、第24条1項および第29条による法律を制定する権限はもたない。」と明示してあるが、同条文中にある「第23条1項2段、第24条1項および第29条」とは、各々、第23条は「ヨーロッパ連合(EU)」との関係規定で、主権的権利の委譲可能規定、第24条は「国際機関」への主権的権利の委譲可能規定で、ここで言う「国際機関」とは、NATO軍のことである。また、第29条は「連邦領域の再編成」に関する規定であり、これらは、第二次世界大戦後のドイツの国際関係上の基本的要件であり、言わば「戦後ドイツの「国の形」」そのものの規定であることから「変更不可」だとするものである。
これは「B:緊急時に於いても制限することが出来ないもの」に該当する。
◇第115f条 [連邦政府の権限]
(1) 連邦政府は、防衛事態において、事情が必要とする限りで、次のことをすることができる。
1.連邦国境警備隊を連邦の全領域に出動させること。
2.連邦行政機関のほかラント政府に対して、さらに、連邦政府が急を要すると認めるときはラントの官庁に対して、指示を与えること、ならびにこの権限を連邦政府の指名するラント政府の構成員に委任すること。
(2) 1項によってとられた措置は、遅滞なく、連邦議会、連邦参議院および合同委員会に報告しなければならない。
↓
◆第115f条は、先に説明した「連邦制国家特有の規定」である。
◆第1項の1:ドイツの連邦国境警備隊は、国防軍とは違う組織であるが、重装備を持たないだけの準軍隊である。連邦国家に於いての各州は、主権1)に基づく自己決定権があるので、緊急時の特例として、準軍隊を「連邦の全領域に出動させること」ができるとの規定である。これは逆に言えば、各州の主権1)・自己決定権の一時的制限規定であり、分類するなら(A)に該当する。
◆第1項の2:最初の第115c条第1項にて述べた様に、連邦制国家ドイツに於いて、緊急事態の際に、各州の主権1)を制限して、連邦政府に集約するとの連邦制国家の建て付け上必要な規定である。分類するなら(A)に該当する。
◇第115g条 [連邦憲法裁判所の地位]
連邦憲法裁判所およびその裁判官の憲法上の地位または憲法上の任務の遂行は、侵害してはならない。連邦憲法裁判所法を合同委員会の法律によって改正することができるのは、それが連邦憲法裁判所の見解によっても連邦憲法裁判所の機能の維持のために必要であるとされる場合に限られる。このような法律が制定されるまでの間、連邦憲法裁判所は、裁判所の活動能力の維持のために必要な措置をとることができる。連邦憲法裁判所は、出席裁判官の過半数で、2段および3段の決定を行う。
↓
◆第115g条は、連邦憲法裁判所は緊急事態に於いても平時と同じ役割とするとの(B)分類の規定である。
「憲法裁判所」の制度は我が国にはないので、分かり難いと思うが、要するに「違憲立法の審査」を裁判形式で行う機関のことで、その機能は我が国の場合、最高裁が持つ(現行憲法第81条)。緊急事態に於いても「三権分立体制を維持します」との条文である。
◇第115h条 [憲法機関の機能](略)
↓
◆同条は、緊急事態に於いて議会は解散しない等の規定であり、最初に提示した基本的要件であり、今回視点の対象外である。
尚、拗れてしまった方が言うであろう「緊急事態中の議会解散の禁止は、国民主権の行使制限だぁ~」との屁理屈はまったくの的外れである。緊急事態中に選挙を行うことは、同事態に対処すべき国民の代表が空席となる状態であり、事態対応が中断されることを意味する。
◇第115i条 [ラント政府の権限]
(1) 権限を有する連邦機関が、危険を防止するための必要な措置をとることができる状況になく、かつ、連邦領域の個別の部分における即時の自主的な行動が不可避的に必要であるときは、ラント政府またはラント政府の指定する官庁もしくは受任者が、第115f条1項の意味における措置を管轄の範囲でとる権限を有する。
(2) 1項による措置は、連邦政府により、またラント官庁および下級の連邦官庁との関係では、ラントの首相によっても、いつでも廃止することができる。
↓
◆第115i条 [ラント政府(各州政府)の権限]は、防衛事態時の連邦政府への権限集中体制の中で例外規定である。
緊急事態条項のそもそもの目的が「国民の安全の確保」であり、それを実現する為に、連邦政府に権限を集中するのだが、連邦政府が出来ない場合には、各州政府が各州政府管轄内で自主的な緊急事態対応が出来るとの合目的的な例外規定である。
今回の「制限」視点の問題ではない。
◇第115k条 [非常事態における法令の効力]
(1) 第115c条、第115e条および第115g条による法律、ならびにこれらの法律の根拠に基づいて制定された法規命令は、それが適用されている期間中は、これに反する法の適用を排除する。ただし、第115c条、第115e条および第115g条の根拠に基づいて以前に制定された法律については、この限りでない。
(2) 合同委員会が議決した法律およびこれらの法律に基づいて制定された法規命令は、遅くとも防衛事態の終了の6カ月後に効力を失う。
↓
◆第115k条は、緊急事態条項が「緊急時の一時的体制」であることを担保する規定である。
これも、基礎的要件を担保する規定であり、今回考察視点とは関係ないので省略する。
◇第115l条 [防衛事態における法律および措置の廃止、防衛事態の終了、講和]
(1) 連邦議会は、連邦参議院の同意を得て、いつでも合同委員会の法律を廃止することができる。連邦参議院は、連邦議会がこの議決を行うように要求することができる。その他、合同委員会または連邦政府が危険防止のためにとった措置は、連邦議会および連邦参議院の議決により廃止される。
(2) 連邦議会は、いつでも、連邦参議院の同意を得て、連邦大統領が公布する議決によって防衛事態の終了を宣言することができる。連邦参議院は、連邦議会がこの議決を行うように要求することができる。防衛事態は、その確認の前提となった条件が存在しなくなったときは、遅滞なくその終了を宣言しなけれはならない。
(3) 講和については、連邦法で決定する。
↓
◆◆第115l条も、緊急事態条項が「緊急時の一時的体制」であることを担保する規定である。これも、基礎的要件を担保する規定であり、今回考察視点とは関係ないので省略する。
<ドイツ憲法の緊急事態条項条文の検証終わり>
【ご参考】:基本的人権である財産権の、我が国での規定
日本国憲法 (昭和二十一年十一月三日憲法)
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S21/S21KE000.html
第29条:財産権は、これを侵してはならない。
同第2項 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
同第3項 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。
<引用終わり>
(*5):欧州人権条約(正式名:人権及び基本的自由の保護のための条約)
http://hrlibrary.umn.edu/japanese/Jz17euroco.html
欧州人権条約での緊急事態条項は第15条
1953年9月3日発効
(*6):自由権規約(外務省呼称:市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約))
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kiyaku/2c_001.html
1966年12月16日国連総会で採択、1976年3月23日に効力が発生。我が国は1979年に批准している
同規約の緊急事態条項は第4条。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kiyaku/2c_003.html



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