BMD・弾道ミサイル防衛
- 2017/04/04
- 20:44
BMD・弾道ミサイル防衛

副題:純粋防御兵器を「脅威」だと称する虚偽
イージス艦のSM-3やパトリオットPAC-3、はたまた在韓米軍が運用を開始したTHAADと弾道ミサイル防衛関係のニュースが流れているが、それら各システムは「飛んで来る弾道ミサイル」を着弾前に迎撃して、国民・国土に被害が出るのを防ぐ、純粋な防御システムであるのだが、それを、あたかも敵地攻撃兵器であるかの様な言い方をする輩がいる。
中国共産党が、韓国国内のTHAAD配備に対して大反対をしており、THAADが中国の脅威になるが如き言い方をしているのだが、その様なことを言っているのは、無知だからなのか、それとも意図的な印象操作なのか、その何れにしろ、事実としては、イージス艦のSM-3、パトリオットPAC-3、THAADは純粋な防御システムなのである。
中国共産党や、我が国の左巻きマスコミ等が流す悪質なデマに騙されない様に、ミサイルの基礎的なことを少々書いてみた。
◆ミサイルの基礎知識
<ミサイルとロケット弾の違い>
ミサイルとは、誘導装置にて目標に向かって飛行し当てることを目的にしたロケット推進の「弾」である。誘導装置がない単なるロケット推進の「弾」のことは「ロケット弾」と言うのが我が国での一般的用法である。
日本語で「ミサイル」と言う場合は「誘導装置付き」のものであり、英語では「Guided Missile」と言う。
<ミサイルの種類1>
ミサイルには、発射する側と目標にする対象物により、様々な種類がある。
地対空ミサイル、空対空ミサイル、空対地ミサイル等々があるが、この様な表記は、先に書かれているのが「発射する側」であり、後に書かれているのが「目標側」である。
「空対地ミサイル」とあれば、航空機に搭載され、空中発射されるミサイルで、目標は地上にある建築物や車両等である。
英語では「air-to-surface missile」と表記され、ASMとの略称が通常使用される。
「Surface」とは「表面」のことで、地表面及び海面上のことをさす。我が国の場合、地表面上の目標を「対地」と表記し、海面上の目標を「対艦」と表記する区分があるが、英語では、どちらも「Surface」である。
対潜水艦ミサイル及び潜水艦発射型ミサイルを除き、対地、対空ミサイルとしては、概ね以下の様な種類がある。
・空対空ミサイル=AAM
・空対地ミサイル=ASM
・地対空ミサイル=SAM
・艦対空ミサイル=同上
・地対地ミサイル=SSM
・地対艦ミサイル=同上
・艦対地ミサイル=同上
・艦対艦ミサイル=同上
<ミサイルの種類2>
上記した空対空ミサイルや地対地ミサイルは、総て「巡航ミサイル」の部類である。
ミサイルには、「巡航ミサイル」の他に「弾道ミサイル」がある。
巡航ミサイルと弾道ミサイルの違いは、誘導方法の違いと飛翔方法の違いである。
先ず、誘導方法の違いだが、巡航ミサイルの多くは目標に到達するまで誘導されるが、弾道ミサイルは、上昇中のロケットが推進噴射中に、方向、速度、角度の調整を行うが、それ以降は、物理法則にしたがって弾道飛行を行い終末期の誘導は基本的にはない。
また、飛翔方法だが、巡航ミサイルの多くは、目標に到達するまで推進力を確保する場合が多いが、弾道ミサイルの推進力は上昇中に使い果たす。
巡航ミサイルの多くは、大気中を航空機と同様の飛翔をするものだが、弾道ミサイルは、弾道飛行をするもので、弾道の頂点が成層圏・宇宙空間に至ることが多い。
<地対空ミサイルの種類>
地対空ミサイル=SAMには、対航空機及び対巡航ミサイル用の対空ミサイルと対弾道ミサイル用の対空ミサイルがある。
航空機及び巡航ミサイルが飛行する空間は、基本的には大気圏内であり、その速度も亜音速から、速くてもマッハ3.2程度である。
一方、対弾道ミサイルの場合、弾道ミサイルは地上発射された後にどんどんと上昇し、最高高度は成層圏・宇宙空間に達する。また、そこから落下してくる弾道ミサイルの速度はマッハ7からマッハ20に達するので、その様な空間や速度に対処する能力が要求される。
対弾道ミサイル防衛に使用されるミサイルは、最初に紹介した、イージス艦のSM-3やパトリオットPAC-3であるが、SM-3とは、スタンダード・ミサイル3型という意味で、対航空機・対巡航ミサイル用のSM-2の発射システムを用いる対弾道ミサイル用の対空ミサイルである。
同様、パトリオットPAC-3とは、対航空機・対巡航ミサイル用のパトリオットPAC-2の発射システムを用いる対弾道ミサイル用のミサイルである。
要するに、イージス艦であっても、SM-3の運用能力がなければ、弾道ミサイル防衛には使えないということである。同様、パトリオットもPAC-3でなければ、弾道ミサイルに対して有効な迎撃は出来ないということだ。
湾岸戦争時、イラクのフセインが弾道ミサイル・スカッドを盛んにイスラエルに向かって発射した。イスラエルは、当時の最新鋭の地対空ミサイルのパトリオットで迎撃したが、そのパトリオットは最初期型PAC-1ミサイルであり、それで迎撃を試みたが、PAC-1で迎撃できたのは飛来したスカッドの1/4程度(命中率25%)であったと当時言われていた。その後、米国議会があらためて調査した際の命中率は僅か9%だったとされており、何れにしろ、対航空機用対空ミサイルのPAC-1では、弾道ミサイルを迎撃するミサイルとしては有効ではなかったのである。
その反省に基づき、対弾道ミサイル用として開発されたのがPAC-3である。
◆BMD・弾道ミサイル防衛の基礎知識
<弾道ミサイルの飛行ルート・終末飛行速度>
弾道ミサイルの特性は、前述した通りだが、一歩踏み込んで、それに対する防御システムに関する解説を続ける。
中国の弾道ミサイル基地は旧満州及び遼東半島の対岸の山東半島辺りにあると言われている。そこから東京まで約2,000km程度である。北朝鮮の場合は、現在の弾道ミサイル発射基地の主力は黄海側沿岸の東倉里(トンチャンニ)であるから、これも似た様な距離である。
この距離を飛行する弾道ミサイルは、中距離弾道ミサイル(IRBM)であり、その飛行経路は最高高度200kmに至り、突入終末速度マッハ7程度になると想定されている。
最初、弾道ミサイルが発射されると、ロケット噴進で上昇し、目標へと向かう弾道コースの角度、方向、高度をプログラムされた様に上昇を続ける。燃料を使い切ると、あとは慣性での前進と地球重力による上昇停止と落下となる。その後、大気圏内に再度突入し、目標に向かって自由落下をする終末段階となるが、終末段階での目標への誘導は基本的にはないので、着弾点の誤差が大きくなるとの欠点がある。
この誤差特性から、目標からのズレがあっても目標を破壊出来る様に、弾頭には破壊力が大きい核爆弾が使用されるのが通例である。
弾道ミサイルの飛行コースは弾道を描く。弾道とは、学校の理科や物理の授業でやった、質問「ボールを45度の角度で、時速○○kmで投げた時の最高到達距離と最高高度を求めなさい。ただし、空気抵抗はないものとして計算しなさい」とかのアレである。
現実世界では空気抵抗が存在しているので、この通りにはならない。
物理計算では45度の角度がもっとも遠距離になるのだが、大気の中では、35度の角度の方が、より遠くに到達する。
一方、弾道ミサイルの場合、55度とか60度程度の角度をとって発射されると言われている。これは、空気抵抗がなくなる大気圏外に上昇進入する頃にちょうど45度程度になる様な角度だからだそうだ。
<弾道ミサイルの迎撃方法概要>
弾道ミサイルの飛行特性は、前述した通り、①:噴進上昇中の上昇段階、②:燃料を使い切った後の中間段階、③:自然落下で加速し地表に至る終末段階に大別される。
このうち、中間段階からは、物理法則に則った弾道飛行経路となるので、レーダー等で、その飛行地点、飛行高度、飛行速度、飛行方向データを得れば、予想着弾点が算出可能なので、それに基づき、迎撃体制をとるのである。同様の理屈で「○分後の弾道ミサイルの通過点」も計算可能である。
イージス艦搭載のSM-3は、この中間段階を飛行中の弾道ミサイルを迎撃するミサイルである。SM-3の最新型の射程距離は1,200km~1,600km、迎撃高度は70km~500kmと言われており、成層圏・宇宙空間を弾道飛行中の弾道ミサイルに直撃させて迎撃するミサイルである。
北朝鮮が我が国を狙う際の中距離弾道ミサイル(IRBM)の到達最高高度は200kmなので、充分な対処能力があるとされている。
SM-3ミサイルは、爆薬を装填していない。
「キネティック弾頭」を弾道ミサイルに直撃させての運動エネルギーで以て破壊する方式である。キネティック弾頭の誘導に関しての動画を以下に紹介する。
<YouTube動画>
Japan TRDI Kinetic Energy Interceptor Missile Program Video
https://www.youtube.com/watch?v=6moykp96hAI
弾道ミサイルを、その飛行中に迎撃することは不可能とされてきたが、科学技術の進展により、それが可能になったのである。
撃墜率としては、実験初期の失敗分を含めて89.1%との数字が存在しているので、かなりの高確率で迎撃する能力があると見られる。しかし、けして100%ではない。
弾道ミサイル防衛の次の段階は、終末段階での迎撃である。
地上配備されたパトリオットPAC-3での迎撃が最終である。
PAC-3は、湾岸戦争での教訓から、パトリオットシステムから弾道ミサイル迎撃用ミサイルを発射するもので、湾岸戦争時のPAC-1と違い、弾道ミサイルへの命中率は80数%だと言われいる。PAC-3の運用は、1つの目標に対して2発撃つもので、理論上は以下の様な式で96%以上の命中率となる。
<仮に命中率80%とした場合>
初弾命中率80%→撃ち漏らし20%
次弾命中率80%→20% x 80%=16%→撃ち漏らし4%=命中率96%
とは言え、けして100%ではない。
その上、PAC-3の射程距離は20kmと言われており、現在の配備数では、日本全国をカバーするに至っていない。東京の場合は、防衛省に隣接する市ヶ谷駐屯地に常備する様になっており、皇居を中心とし、国会議事堂、総理官邸等はカバー範囲となっている。
西側方面では世田谷の一部迄で狛江、調布は範囲外、北側方向はさいたま市でギリギリ、春日部、上尾は範囲外となる。東側は、千葉市がギリギリ、佐倉は範囲外の様である。
南側は川崎・横浜方面だが、PSC-3が拡充されれば、横須賀基地近くの武山(元少年工科学校のあった場所)に配備するので、横浜・横須賀は、そちらでカバーされるそうだが、今はノンカバーである。
現在の我が国BMD体制は、SM-3とPAC-3による「二段構え」なのだが、PAC-3の数は充分ではなく、また、射程距離が20kmと短いことから、その中間を埋めて「三段構え」にする案が浮上している。そこで検討されているのが、PAC-3よりも射的距離が長いTHAADミサイルである。THAADミサイルの射程距離は200kmだと言われており、これを導入したいと考えている方々がいる。
確かに、理屈としては「三段構え」の方が防御力は向上するのだが、その費用が問題なのである。THAADは1システム1,000億円から1,500億円程度と言われており、200kmの半径で日本全土をカバーする場合は、20システムが必要で、その費用は約2兆円程度と言われている。
仮に、北朝鮮や中国は山東省辺りからの飛来だと限定すれば、配備位置は、九州、山陰、北陸、東北の日本海側だけになるものの、それでも5~6システムが必要だとされ、その費用は、5,000億円から1兆円程度にもなる。
我が国の防衛費は、ご存じの通り「GDP比1%枠」などという政治的な足枷がある。
本来的には、「国民の生命を護る為に必要な支出」であるべき防衛費が、本来的視点とは別の総額抑制の軛が存在している。
NATOは、昨年、加盟各国の防衛費支出を2%以上とする様に申し合わせたのだが、我が国は、NATO諸国の半分程度が「上限」だとされているのである。
限られた予算内で、他の装備を後回しにしてまでもTHAADを導入するのか? との疑問がある。実際、SM-3搭載のイージス艦は、現有6隻に、計画済2隻の合計8隻体制との「定数」になる予定だが、むしろ、高性能迎撃対空ミサイル搭載艦の増強の方が費用は安く済み、最初の守りの充実に充てた方が費用対効果は良いと考えている。
イージス艦の価格は1隻1,500億円だと言われているので、イージス艦2隻の増強で10隻体制とする方が、THAADを5~6システム新規導入する費用の約半額で済む。
我が国の場合、防衛問題の根本である国民の生命の安全が議論の前提にならないとの不幸があり、BMDに関しても、「命中率が100%じゃないから無駄」とのAll or Nothingの極論を持ち出し、「BMDなんか不要」とか「BMDなど税金の無駄」なる虚偽が流布されている。誠に残念な言論空間である。
当方は、THAAD配備に費用対効果面での疑念を持っているが、けして「BMD能力の充実」に反対している訳ではない。むしろ、北朝鮮や中国の弾道ミサイルへの対処は必要であり、その防衛能力の増強は必要だと考えている。
それはTHAADの配備ではなく、別の方策で行う方が良いと考えている。
それは、例えば、イージス艦SM-3運用能力の増強であり、以前論評した通り、BMD能力だけを増強していても、策源地は無傷なままであり、第二波攻撃、第三波攻撃能力を敵国が持ち続けるとの問題が存在しているので、敵国策源地に反撃できるPower Projection能力の具備が必要だと考えている。
Power Projection能力が必要性に関しては、以下に、以前の論評を紹介するので、再読いたければ幸である。
2017/03/22投稿:
Power Projection能力
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-633.html
何れにしろ、判断基準として「国民の生命の安全」以外のものを据えることは慎まなければならないと考えている。
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副題:純粋防御兵器を「脅威」だと称する虚偽
イージス艦のSM-3やパトリオットPAC-3、はたまた在韓米軍が運用を開始したTHAADと弾道ミサイル防衛関係のニュースが流れているが、それら各システムは「飛んで来る弾道ミサイル」を着弾前に迎撃して、国民・国土に被害が出るのを防ぐ、純粋な防御システムであるのだが、それを、あたかも敵地攻撃兵器であるかの様な言い方をする輩がいる。
中国共産党が、韓国国内のTHAAD配備に対して大反対をしており、THAADが中国の脅威になるが如き言い方をしているのだが、その様なことを言っているのは、無知だからなのか、それとも意図的な印象操作なのか、その何れにしろ、事実としては、イージス艦のSM-3、パトリオットPAC-3、THAADは純粋な防御システムなのである。
中国共産党や、我が国の左巻きマスコミ等が流す悪質なデマに騙されない様に、ミサイルの基礎的なことを少々書いてみた。
◆ミサイルの基礎知識
<ミサイルとロケット弾の違い>
ミサイルとは、誘導装置にて目標に向かって飛行し当てることを目的にしたロケット推進の「弾」である。誘導装置がない単なるロケット推進の「弾」のことは「ロケット弾」と言うのが我が国での一般的用法である。
日本語で「ミサイル」と言う場合は「誘導装置付き」のものであり、英語では「Guided Missile」と言う。
<ミサイルの種類1>
ミサイルには、発射する側と目標にする対象物により、様々な種類がある。
地対空ミサイル、空対空ミサイル、空対地ミサイル等々があるが、この様な表記は、先に書かれているのが「発射する側」であり、後に書かれているのが「目標側」である。
「空対地ミサイル」とあれば、航空機に搭載され、空中発射されるミサイルで、目標は地上にある建築物や車両等である。
英語では「air-to-surface missile」と表記され、ASMとの略称が通常使用される。
「Surface」とは「表面」のことで、地表面及び海面上のことをさす。我が国の場合、地表面上の目標を「対地」と表記し、海面上の目標を「対艦」と表記する区分があるが、英語では、どちらも「Surface」である。
対潜水艦ミサイル及び潜水艦発射型ミサイルを除き、対地、対空ミサイルとしては、概ね以下の様な種類がある。
・空対空ミサイル=AAM
・空対地ミサイル=ASM
・地対空ミサイル=SAM
・艦対空ミサイル=同上
・地対地ミサイル=SSM
・地対艦ミサイル=同上
・艦対地ミサイル=同上
・艦対艦ミサイル=同上
<ミサイルの種類2>
上記した空対空ミサイルや地対地ミサイルは、総て「巡航ミサイル」の部類である。
ミサイルには、「巡航ミサイル」の他に「弾道ミサイル」がある。
巡航ミサイルと弾道ミサイルの違いは、誘導方法の違いと飛翔方法の違いである。
先ず、誘導方法の違いだが、巡航ミサイルの多くは目標に到達するまで誘導されるが、弾道ミサイルは、上昇中のロケットが推進噴射中に、方向、速度、角度の調整を行うが、それ以降は、物理法則にしたがって弾道飛行を行い終末期の誘導は基本的にはない。
また、飛翔方法だが、巡航ミサイルの多くは、目標に到達するまで推進力を確保する場合が多いが、弾道ミサイルの推進力は上昇中に使い果たす。
巡航ミサイルの多くは、大気中を航空機と同様の飛翔をするものだが、弾道ミサイルは、弾道飛行をするもので、弾道の頂点が成層圏・宇宙空間に至ることが多い。
<地対空ミサイルの種類>
地対空ミサイル=SAMには、対航空機及び対巡航ミサイル用の対空ミサイルと対弾道ミサイル用の対空ミサイルがある。
航空機及び巡航ミサイルが飛行する空間は、基本的には大気圏内であり、その速度も亜音速から、速くてもマッハ3.2程度である。
一方、対弾道ミサイルの場合、弾道ミサイルは地上発射された後にどんどんと上昇し、最高高度は成層圏・宇宙空間に達する。また、そこから落下してくる弾道ミサイルの速度はマッハ7からマッハ20に達するので、その様な空間や速度に対処する能力が要求される。
対弾道ミサイル防衛に使用されるミサイルは、最初に紹介した、イージス艦のSM-3やパトリオットPAC-3であるが、SM-3とは、スタンダード・ミサイル3型という意味で、対航空機・対巡航ミサイル用のSM-2の発射システムを用いる対弾道ミサイル用の対空ミサイルである。
同様、パトリオットPAC-3とは、対航空機・対巡航ミサイル用のパトリオットPAC-2の発射システムを用いる対弾道ミサイル用のミサイルである。
要するに、イージス艦であっても、SM-3の運用能力がなければ、弾道ミサイル防衛には使えないということである。同様、パトリオットもPAC-3でなければ、弾道ミサイルに対して有効な迎撃は出来ないということだ。
湾岸戦争時、イラクのフセインが弾道ミサイル・スカッドを盛んにイスラエルに向かって発射した。イスラエルは、当時の最新鋭の地対空ミサイルのパトリオットで迎撃したが、そのパトリオットは最初期型PAC-1ミサイルであり、それで迎撃を試みたが、PAC-1で迎撃できたのは飛来したスカッドの1/4程度(命中率25%)であったと当時言われていた。その後、米国議会があらためて調査した際の命中率は僅か9%だったとされており、何れにしろ、対航空機用対空ミサイルのPAC-1では、弾道ミサイルを迎撃するミサイルとしては有効ではなかったのである。
その反省に基づき、対弾道ミサイル用として開発されたのがPAC-3である。
◆BMD・弾道ミサイル防衛の基礎知識
<弾道ミサイルの飛行ルート・終末飛行速度>
弾道ミサイルの特性は、前述した通りだが、一歩踏み込んで、それに対する防御システムに関する解説を続ける。
中国の弾道ミサイル基地は旧満州及び遼東半島の対岸の山東半島辺りにあると言われている。そこから東京まで約2,000km程度である。北朝鮮の場合は、現在の弾道ミサイル発射基地の主力は黄海側沿岸の東倉里(トンチャンニ)であるから、これも似た様な距離である。
この距離を飛行する弾道ミサイルは、中距離弾道ミサイル(IRBM)であり、その飛行経路は最高高度200kmに至り、突入終末速度マッハ7程度になると想定されている。
最初、弾道ミサイルが発射されると、ロケット噴進で上昇し、目標へと向かう弾道コースの角度、方向、高度をプログラムされた様に上昇を続ける。燃料を使い切ると、あとは慣性での前進と地球重力による上昇停止と落下となる。その後、大気圏内に再度突入し、目標に向かって自由落下をする終末段階となるが、終末段階での目標への誘導は基本的にはないので、着弾点の誤差が大きくなるとの欠点がある。
この誤差特性から、目標からのズレがあっても目標を破壊出来る様に、弾頭には破壊力が大きい核爆弾が使用されるのが通例である。
弾道ミサイルの飛行コースは弾道を描く。弾道とは、学校の理科や物理の授業でやった、質問「ボールを45度の角度で、時速○○kmで投げた時の最高到達距離と最高高度を求めなさい。ただし、空気抵抗はないものとして計算しなさい」とかのアレである。
現実世界では空気抵抗が存在しているので、この通りにはならない。
物理計算では45度の角度がもっとも遠距離になるのだが、大気の中では、35度の角度の方が、より遠くに到達する。
一方、弾道ミサイルの場合、55度とか60度程度の角度をとって発射されると言われている。これは、空気抵抗がなくなる大気圏外に上昇進入する頃にちょうど45度程度になる様な角度だからだそうだ。
<弾道ミサイルの迎撃方法概要>
弾道ミサイルの飛行特性は、前述した通り、①:噴進上昇中の上昇段階、②:燃料を使い切った後の中間段階、③:自然落下で加速し地表に至る終末段階に大別される。
このうち、中間段階からは、物理法則に則った弾道飛行経路となるので、レーダー等で、その飛行地点、飛行高度、飛行速度、飛行方向データを得れば、予想着弾点が算出可能なので、それに基づき、迎撃体制をとるのである。同様の理屈で「○分後の弾道ミサイルの通過点」も計算可能である。
イージス艦搭載のSM-3は、この中間段階を飛行中の弾道ミサイルを迎撃するミサイルである。SM-3の最新型の射程距離は1,200km~1,600km、迎撃高度は70km~500kmと言われており、成層圏・宇宙空間を弾道飛行中の弾道ミサイルに直撃させて迎撃するミサイルである。
北朝鮮が我が国を狙う際の中距離弾道ミサイル(IRBM)の到達最高高度は200kmなので、充分な対処能力があるとされている。
SM-3ミサイルは、爆薬を装填していない。
「キネティック弾頭」を弾道ミサイルに直撃させての運動エネルギーで以て破壊する方式である。キネティック弾頭の誘導に関しての動画を以下に紹介する。
<YouTube動画>
Japan TRDI Kinetic Energy Interceptor Missile Program Video
https://www.youtube.com/watch?v=6moykp96hAI
弾道ミサイルを、その飛行中に迎撃することは不可能とされてきたが、科学技術の進展により、それが可能になったのである。
撃墜率としては、実験初期の失敗分を含めて89.1%との数字が存在しているので、かなりの高確率で迎撃する能力があると見られる。しかし、けして100%ではない。
弾道ミサイル防衛の次の段階は、終末段階での迎撃である。
地上配備されたパトリオットPAC-3での迎撃が最終である。
PAC-3は、湾岸戦争での教訓から、パトリオットシステムから弾道ミサイル迎撃用ミサイルを発射するもので、湾岸戦争時のPAC-1と違い、弾道ミサイルへの命中率は80数%だと言われいる。PAC-3の運用は、1つの目標に対して2発撃つもので、理論上は以下の様な式で96%以上の命中率となる。
<仮に命中率80%とした場合>
初弾命中率80%→撃ち漏らし20%
次弾命中率80%→20% x 80%=16%→撃ち漏らし4%=命中率96%
とは言え、けして100%ではない。
その上、PAC-3の射程距離は20kmと言われており、現在の配備数では、日本全国をカバーするに至っていない。東京の場合は、防衛省に隣接する市ヶ谷駐屯地に常備する様になっており、皇居を中心とし、国会議事堂、総理官邸等はカバー範囲となっている。
西側方面では世田谷の一部迄で狛江、調布は範囲外、北側方向はさいたま市でギリギリ、春日部、上尾は範囲外となる。東側は、千葉市がギリギリ、佐倉は範囲外の様である。
南側は川崎・横浜方面だが、PSC-3が拡充されれば、横須賀基地近くの武山(元少年工科学校のあった場所)に配備するので、横浜・横須賀は、そちらでカバーされるそうだが、今はノンカバーである。
現在の我が国BMD体制は、SM-3とPAC-3による「二段構え」なのだが、PAC-3の数は充分ではなく、また、射程距離が20kmと短いことから、その中間を埋めて「三段構え」にする案が浮上している。そこで検討されているのが、PAC-3よりも射的距離が長いTHAADミサイルである。THAADミサイルの射程距離は200kmだと言われており、これを導入したいと考えている方々がいる。
確かに、理屈としては「三段構え」の方が防御力は向上するのだが、その費用が問題なのである。THAADは1システム1,000億円から1,500億円程度と言われており、200kmの半径で日本全土をカバーする場合は、20システムが必要で、その費用は約2兆円程度と言われている。
仮に、北朝鮮や中国は山東省辺りからの飛来だと限定すれば、配備位置は、九州、山陰、北陸、東北の日本海側だけになるものの、それでも5~6システムが必要だとされ、その費用は、5,000億円から1兆円程度にもなる。
我が国の防衛費は、ご存じの通り「GDP比1%枠」などという政治的な足枷がある。
本来的には、「国民の生命を護る為に必要な支出」であるべき防衛費が、本来的視点とは別の総額抑制の軛が存在している。
NATOは、昨年、加盟各国の防衛費支出を2%以上とする様に申し合わせたのだが、我が国は、NATO諸国の半分程度が「上限」だとされているのである。
限られた予算内で、他の装備を後回しにしてまでもTHAADを導入するのか? との疑問がある。実際、SM-3搭載のイージス艦は、現有6隻に、計画済2隻の合計8隻体制との「定数」になる予定だが、むしろ、高性能迎撃対空ミサイル搭載艦の増強の方が費用は安く済み、最初の守りの充実に充てた方が費用対効果は良いと考えている。
イージス艦の価格は1隻1,500億円だと言われているので、イージス艦2隻の増強で10隻体制とする方が、THAADを5~6システム新規導入する費用の約半額で済む。
我が国の場合、防衛問題の根本である国民の生命の安全が議論の前提にならないとの不幸があり、BMDに関しても、「命中率が100%じゃないから無駄」とのAll or Nothingの極論を持ち出し、「BMDなんか不要」とか「BMDなど税金の無駄」なる虚偽が流布されている。誠に残念な言論空間である。
当方は、THAAD配備に費用対効果面での疑念を持っているが、けして「BMD能力の充実」に反対している訳ではない。むしろ、北朝鮮や中国の弾道ミサイルへの対処は必要であり、その防衛能力の増強は必要だと考えている。
それはTHAADの配備ではなく、別の方策で行う方が良いと考えている。
それは、例えば、イージス艦SM-3運用能力の増強であり、以前論評した通り、BMD能力だけを増強していても、策源地は無傷なままであり、第二波攻撃、第三波攻撃能力を敵国が持ち続けるとの問題が存在しているので、敵国策源地に反撃できるPower Projection能力の具備が必要だと考えている。
Power Projection能力が必要性に関しては、以下に、以前の論評を紹介するので、再読いたければ幸である。
2017/03/22投稿:
Power Projection能力
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-633.html
何れにしろ、判断基準として「国民の生命の安全」以外のものを据えることは慎まなければならないと考えている。



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