日本学術会議「安全保障と学術に関する検討委員会」
- 2017/03/15
- 18:11
日本学術会議「安全保障と学術に関する検討委員会」

副題:理系研究者が悩むべきは研究自体であり研究予算の調達方法ではないはず。なんで「安全保障技術研究推進制度」に反対するの?検討委員は理系だけじゃないのね。
◆「安全保障と学術に関する検討委員会」の設置
日本学術会議に「課題別委員会」として、「安全保障と学術に関する検討委員会」が設置されたのは、昨年の5月20日付で「課題別委員会設置提案書」(*1)が出され、それが認められてからである。
この「安全保障と学術に関する検討委員会」が設置されたきっかけとなった理由は設置提案書には書かれていない。書いていないこと自体が不誠実だと思うのだが、これは防衛省(防衛設備庁)の「安全保障技術研究推進制度」(*2)の平成29年度(2017年度)予算が110億円に増加したことに対応しての設置であることは間違いがない。
公式的には「書いていない」ので「違います」と言い出す方がいるであろうことは想定済であるが、「安全保障技術研究推進制度」は平成27年度(2015年度)に創設した制度であり、既に運用3年目である今になって言い出したのは、その予算規模が大きくなったからである。今年度までの予算額推移は、平成27年度3億円、平成28年度6億円で、平成29年度が110億円となっている。
◆「安全保障と学術に関する検討委員会」の「課題」の分析
同検討委員会は「課題別委員会」なのであるから、その「課題」は何かを知る必要がある。文末脚注(*1)で、同委員会の「課題」部分を抜粋引用しているが、それを要約すると以下の様に、意味が不明確な点があるものの、概ね妥当なテーマであると考えられる。
<要約>
・学術会議は、過去、1950年と1967年に、戦争目的や軍事目的の科学研究を行わない旨を表明した。
・時代の変遷に伴い、これは軍事、これは民生との区分けが出来ない状態となっている。
・学術が軍事との関係を深めることで学術の本質が損なわれかねない。(論拠不明確)
・安全保障に関わる事項と学術とのあるべき関係を探究する。
・具体的には以下のような審議事項を想定。
① 50年及び67年決議以降の条件変化をどうとらえるか
② 軍事的利用と民生的利用、及びデュアル・ユース問題について
③ 安全保障にかかわる研究が、学術の公開性・透明性に及ぼす影響
④ 安全保障にかかわる研究資金の導入が学術研究全般に及ぼす影響
⑤ 研究適切性の判断は個々の科学者に委ねられるか、機関等に委ねられるか
<要約終わり>
要約の3番目にある「軍事との関係を深めると学術の本質が損なわれる」との「前提」は不明確である。そういう懸念が脳内にあるのだと理解しておこう。
要約の2番目にある「軍事品と民生品の区分けが困難」という話は今や常識だ。
というよりも、「これは軍事、これは民生品」との区分けはあまり意味がないものだ。
過去、先端技術を開発して、それが敵対勢力に利用された場合、自国安全保障上不利になるので「軍事機密指定」をする、との点に於いて、「これは軍事」としてきたものなどが「これは軍事」となるもので、今は民生品であっても特許権や、逆に特許権を得る為に公開される技術エッセンスの拡散を嫌い特許申請しないとか、民生部門でも「秘密指定」は行われており、この様な区分は政策上のもので、技術世界とは別のものだ。研究成果を機密にすることは民間企業でも行われている。機密にしないとパクリ国家が技術開発先行者利得を害し、低コストで製品化して市場でのシェアを奪っていく現実がある。
軍事技術の中には、軍事目的に特化して開発された技術もあり民生用に展開し得ない技術もあるのだが、最初軍事目的に開発された技術の多くは、民生用に展開されている。
民生品になった軍事品は沢山あり過ぎて、その全部を紹介できないが、当方が子供の頃、夢一杯に見ていた、スプートニク人工衛星の宇宙空間到達やジェミニ宇宙船での宇宙遊泳などは、大陸間弾道ミサイル技術で開発された宇宙ロケットによるものだし、当方が長年愛用してきたアクア・スキュータムのトレンチ・コートなどは代表的な軍事目的衣料である。衣料に関しては他にカーティガンや、某所で絶大な人気を誇るセーラー服のデザインも軍事衣料由来である。
そもそも、この文章を読んでいる方は、既に「軍事技術」を利用している。敵に砲弾をあてる為に開発された弾道計算機の電子版のなれの果てのPCやスマホを使用しているだろうし、軍隊の組織的運用を円滑にする為の通信手段としてのインターネットを使用しているだろう。スマホの位置情報はGPS技術がなければ存在しない機能である
「民生品になった軍事品は沢山あり過ぎる」理由は、その開発動機が経済的利得ではないのが原因だ。逆に言えば、民生品の場合、ある製品の為の技術開発をするには、その技術開発に投入する資金が製品の販売を通じて回収できる見込みが低いと、技術研究を進める障害と認識され、なかなか手が付けられないとの構造がある。
一方、軍事品の場合、経済性よりも有用性に発想の軸足があり、投資資金の回収は金銭ではなく「平和の継続」にある為に、民生品が抱える開発開始に係る経済的障害は低い。
この様な構造があるので、過去に於いては、技術開発のリード役を担っていたのが「軍事技術」だったのである。
そういう視点から、むしろ、「これは軍事、これは民生品」との区分けは、今となっては意味がないものだと考えている。
採算性が低い、或いは、投資回収期間が経済性から見て長すぎるものは民間企業は手を出せないが、それが必要な場面は存在しており、例えば社会インフラの様なものは、公的機関が整備したり、公的資金を投入するとの構造は、現実世界ではずっと存在し続けている。
「社会インフラ」としては、それが道路であったり、治山治水工事であったりするが、それが「安全保障上の動機」との冠がつくと、途端に頑なになるとの不思議な現象が起こるのは、やはりGHQ占領政策の後遺症だと考えている。
さて、要約の1番目にある過去の「表明」の年代、1950年と1967年を見れば、その当時としては、そういうことになるのは仕方がない時代だったのであろうと考えている。
1950年の声名(*3)【戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない決意の表明】が出された時期とは、終戦後わずが5年しか経っていない時期であり、我が国は占領だれ主権喪失状態が続いていた時代である。資料の日付を見ると昭和25年(1950年)4月28日であり、朝鮮半島で戦争が勃発する約2ヶ月前のことである。
この時期のGHQの占領政策は、東西冷戦構造対応に変わる前であり、敗戦国日本を最貧国化する方針だった時代である。そんな時代に理系研究者達が、研究を継続する為には、この様な声名を出さざるを得ない状況だったのだと思われる。
もう1つの過去の声名である1967年の声名(*4)【軍事目的のための科学研究を行なわない声明】は、東京五輪後3年が経過した昭和42年(1967年)10月20日付で出された声名であるが、これは前年の1966年に開催された半導体国際会議を開催するにあたり、米軍の資金援助を受けたことが「問題」とされ、半導体国際会議を後援していた学術会議が、それに対応する為に出した「声名」であると解している。
1950年に戦争目的の科学研究をしないとの声名を出しているのに、米軍の資金援助を受けてしまった、だから、あらためて、軍事目的のための科学研究しません、との声名を出したものである。半導体国際会議の主催は日本物理学会、日本学術会議は後援との立場であった。当時のマスコミが、「1950年声名を出しているのに、米軍から資金援助を受けるとは!」と報道したことが、この声名を出した経緯だと、資料を読むと、そう解されるのである。
この「米軍からの資金援助」に関する資料(*5)及び(*6)は文末脚注にて紹介してあるので、興味ある方はご覧いただきたい。
1967年の声名が出された頃、1966~1967年(昭和41年~42年)当時がどんな時代かと言うと、前述した様に1964年(昭和39年)には東京五輪が開催されており、我が国は戦後復興を果たしたとされた時代である。「もはや戦後ではない」との言葉が登場したのは1956年(昭和31年)の経済白書であり、それから既に約10年が経過している時代である。1962年(昭和37年)に池田勇人が欧州各国を訪問した際に、手土産としてSONYのトランジスターラジオを持っていき、ド・ゴールから「トランジスターのセールスマン」と揶揄される程に我が国は既に半導体分野での「売れ筋商品」を生産できる国家であった。
一方、この時代は、朝鮮戦争が終わったものの、米ソ冷戦構造は相変わらずであり、1964年(昭和39年)8月にはトンキン湾事件が発生し、アメリカのベトナム戦争介入が本格化し始めた時代である。そういう時代に、「半導体国際会議を後援していた学術会議が米軍から資金援助を受ける」との「報道」が出されたのだから、マスコミが大騒ぎする事態であったのである。
学術会議の構成員の多くが、その日常を暮す大学はどうだったかと言うと、この時期は所謂「学園闘争」の時代であり、大学キャンパスは騒然としていたのである。1959年の60年安保が過ぎても1967年(昭和42年)10月には、佐藤栄作訪米阻止の「羽田闘争」があったし、翌年には「東大闘争」が始まっており、1969年(昭和44年)1月には安田講堂攻防戦となり、その年の東大受験が中止になるなど、そういう時代であった。教授が学生により監禁される時代なのである。そういう時代背景のもとに、「1950年「声名」」を突かれた上で出されたのが「1967年「声名」」であることがわかる。
検討委員会が具体的審議事項として想定している事項のうち、①は「過去の「声名」」に関してである。「①50年及び67年決議以降の条件変化をどうとらえるか」と正面から扱う姿勢を示しており、この姿勢は良いのだが、どうやら検討委員会は時代変化を考慮せず踏襲する方向でまとめている様である。はっきり言って、それじゃ全然ダメである。
次の②は「軍事品と民生品の区分けが困難」に関してであるが、上述した様に、そもそもが「これは軍事、これは民生品」との区分けは不可能で無意味なのが実態だ。
この①と②が「問題だ」とされたのは、過去の「当時の実態」が背景にあったからこその「問題」であり、現状に於いては、その実情からして「線引きした上での議論」自体が成り立たない状態だと考える。①の「過去の「声名」」は、その歴史的使命を終えていると考える。
③から⑤の想定審議事項は、あたかも「学術」が統一的一枚岩で存在しているかの様な誤謬と、研究は何物にも束縛されない完全自由な環境で行うものとのお花畑的発想があるのではないか、との疑問が想起される事項である。
応募資格(*7)を持つのは、大学、研究機関、民間企業等であり、これら各機関は、学術会議の指揮命令下にはないし、これら研究機関の研究費は、けして無尽蔵にある訳ではなく、実際は、何等かのひも付きであったりする。それが現実だ。
学術会議の検討委員会が、理系研究者が研究予算の調達方法で悩むとの現実を踏まえた、しっかりとした議論をすれば良いのだが、どうも違う様だ。
いったいどんなメンバーで検討しているのかを調べると、委員会は15名で、委員長は法大教授(法学)、副委員長は東大名誉教授(農学・環境学)、幹事2名は、東大社科研教授(法学)と九大名誉教授(工学)であった。(*8)委員会役員構成は文系と理系が半々であった。「安全保障技術研究推進制度」を「課題」として検討する委員会の委員長は理系ではないのである。また15名の委員の中には、連携会員から「科学哲学者1名」「法学部教授1名」がいる。なるほど、そういう事か、との感がある。
一方、「安全保障技術研究推進制度」での研究助成対象となったテーマには、以下の様なものがある。
・運搬可能な超小型バイオマスガス化発電システム(東工大)
・光を完全に吸収する特殊素材の開発(理研)
・極細繊維による有毒ガス吸着シートの開発(豊橋技術科学大学)
どれもが夢のある研究テーマだと感じる。従前から予算が切迫している為に充分な研究が出来ない研究者は沢山いた。そういう研究者に研究費をただ単に助成するやり方では、財政至上主義者の権化である財務省が安易に新規予算化や継続予算の増額を認めるものではない。しかし、そんなシブチン相手であったも、国の存立基盤たる安全保障に資する研究への研究費助成制度が新設されたのは前々年度の2015年度分からであり、今年度2017年度は大幅増の110億円の予算となった。
理系の技術研究者が研究テーマに悩むのではなく、そのラボ実験設備の導入等の研究費調達問題で悩むとの本末転倒を解消する良い制度だと思えるのだが、如何であろう?
尚、学術会議の委員会は、過去の声名を踏襲する方向性を示しているので、その点については別項にて論評する予定である。
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【文末脚注】(PDF形式の場合は注意願う)
(*1):課題別委員会設置提案書・平成28年5月20日
日本学術会議HP
http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/anzenhosyo/pdf23/anzenhosyo-setti.pdf
<課題に関する部分の抜粋引用>
4.課題の内容
(1)課題の概要
日本学術会議は1950年に「戦争を目的とする科学研究には絶対従わない決意の表明(声明)」を、1967年には「軍事目的のための科学研究を行わない声明」を発出した。近年、軍事と学術とが各方面で接近を見せている。その背景には、軍事的に利用される技術・知識と民生的に利用される技術・知識との間に明確な線引きを行うことが困難になりつつあるという認識がある。他方で、学術が軍事との関係を深めることで、学術の本質が損なわれかねないとの危惧も広く共有されている。
本委員会では、以上のような状況のもとで、安全保障に関わる事項と学術とのあるべき関係を探究することを目的とする。
具体的には、以下のような審議事項を想定している。
① 50年及び67年決議以降の条件変化をどうとらえるか
② 軍事的利用と民生的利用、及びデュアル・ユース問題について
③ 安全保障にかかわる研究が、学術の公開性・透明性に及ぼす影響
④ 安全保障にかかわる研究資金の導入が学術研究全般に及ぼす影響
⑤ 研究適切性の判断は個々の科学者に委ねられるか、機関等に委ねられるか
(2)審議の必要性
上記の通り、状況の変化等を踏まえ、日本学術会議としても、安全保障に関わる事項と学術のあるべき関係について我が国の学術界が採るべき考え方を改めて検討する必要がある。
(3)日本学術会議が過去に行っている検討や報告等の有無
・1950年 声明「戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない決意の表明」
・1954年 声明「原子力の研究と利用に関し、公開、民主、自主の原則を求める声明」
・1967年 声明「軍事目的のための科学研究を行わない声明」
・2012年 報告「科学・技術のデュアル・ユース問題に関する検討報告」(科学・技術のデュアル・ユース問題に関する検討委員会)
・2013年 声明「科学者の行動規範―改訂版―」
(4)政府機関等国内の諸機関、国際機関、他国アカデミーの関連する報告等の有無
・必要に応じて他国における安全保障と学術の関係について参考としながら活動していく必要がある。(後略)
<引用終わり>
(*2):安全保障技術研究推進制度
防衛省HP(防衛装備庁)
http://www.mod.go.jp/atla/funding.html
この制度は、平成27年度(2015年度)から始まった制度で、防衛装備品に使える基礎研究の育成を目的にした研究費助成制度である。研究費の助成対象は、大学、民間研究機関、企業である。防衛省が提示したテーマに応募してきた対象者の中から採択された研究に対して、最長3年間に9千万円の研究費の助成が行われる。今年度までの予算額推移は、平成27年度3億円、平成28年度6億円で、平成29年度が110億円となっている。
(*3):学術会議1950/4/28 声明(第6回総会)
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/01/01-49-s.pdf
「戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない決意の表明」
(*4):学術会議1967/10/20 声明(第49回総会)
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/04/07-29-s.pdf
「軍事目的のための科学研究を行なわない声明」
<近時、米国陸軍極東研究開発局よりの半導体国際会議やその他の個別研究者に対する研究費の援助等の諸問題を契機として・・(中略)・・既に日本学術会議は、上記国際会議公園の責任を痛感して、会長声名を行った。>
(*5):半導体国際会議(1966 年)に際し導入された米軍資金について
http://ci.nii.ac.jp/els/110002072293.pdf?id=ART0002361738&type=pdf&lang=en&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1489474197&cp=
(*6):半導体国際会議と米軍資金の問題について(小野周(東大教養))
http://ci.nii.ac.jp/els/110006445890.pdf?id=ART0008455926&type=pdf&lang=en&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1489473728&cp=
(*7):安全保障技術研究推進制度の応募資格(抜粋)
防衛省HP
http://www.mod.go.jp/atla/funding/h27pamphlet.pdf
本制度は、日本国内において、研究を実施する能力のある以下の機関に所属する研究者
あるいは研究者グループを対象としています。
(1)大学、高等専門学校又は大学研究共同利用機関
(2)独立行政法人、特殊法人又は地方独立行政法人
(3)民間企業、大学発ベンチャー又は公益・一般法人
★ 研究の総括的な責任者(研究代表者)は、日本国籍を有していることが必要です。また、
研究実施場所は、原則としてすべて日本国内にあることが必要です。
★ 研究代表者の所属する機関は、日本の法律による法人格をもつ組織であることが必要です。
<引用終わり>
(*8):安全保障と学術に関する検討委員会の構成員(日本学術会議HP)
http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/anzenhosyo/pdf23/anzenhosyo-kousei.pdf
<要約>
委員長:杉田敦・法大法学部教授(第1部会・人文科学系)
副委員長:大政謙次・東大名誉教授他(第2部会・生命科学系)
幹事:佐藤岩夫・東大社科研教授(第1部会・人文科学系)
幹事:小松利光・九大名誉教授(第3部会・理学・工学系)
上記以外委員:第1部会・人文科学系1名
第2部会・生命科学系3名
第3部会・理学・工学系5名
連携会員・科学哲学者1名、法学部教授1名
以上
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副題:理系研究者が悩むべきは研究自体であり研究予算の調達方法ではないはず。なんで「安全保障技術研究推進制度」に反対するの?検討委員は理系だけじゃないのね。
◆「安全保障と学術に関する検討委員会」の設置
日本学術会議に「課題別委員会」として、「安全保障と学術に関する検討委員会」が設置されたのは、昨年の5月20日付で「課題別委員会設置提案書」(*1)が出され、それが認められてからである。
この「安全保障と学術に関する検討委員会」が設置されたきっかけとなった理由は設置提案書には書かれていない。書いていないこと自体が不誠実だと思うのだが、これは防衛省(防衛設備庁)の「安全保障技術研究推進制度」(*2)の平成29年度(2017年度)予算が110億円に増加したことに対応しての設置であることは間違いがない。
公式的には「書いていない」ので「違います」と言い出す方がいるであろうことは想定済であるが、「安全保障技術研究推進制度」は平成27年度(2015年度)に創設した制度であり、既に運用3年目である今になって言い出したのは、その予算規模が大きくなったからである。今年度までの予算額推移は、平成27年度3億円、平成28年度6億円で、平成29年度が110億円となっている。
◆「安全保障と学術に関する検討委員会」の「課題」の分析
同検討委員会は「課題別委員会」なのであるから、その「課題」は何かを知る必要がある。文末脚注(*1)で、同委員会の「課題」部分を抜粋引用しているが、それを要約すると以下の様に、意味が不明確な点があるものの、概ね妥当なテーマであると考えられる。
<要約>
・学術会議は、過去、1950年と1967年に、戦争目的や軍事目的の科学研究を行わない旨を表明した。
・時代の変遷に伴い、これは軍事、これは民生との区分けが出来ない状態となっている。
・学術が軍事との関係を深めることで学術の本質が損なわれかねない。(論拠不明確)
・安全保障に関わる事項と学術とのあるべき関係を探究する。
・具体的には以下のような審議事項を想定。
① 50年及び67年決議以降の条件変化をどうとらえるか
② 軍事的利用と民生的利用、及びデュアル・ユース問題について
③ 安全保障にかかわる研究が、学術の公開性・透明性に及ぼす影響
④ 安全保障にかかわる研究資金の導入が学術研究全般に及ぼす影響
⑤ 研究適切性の判断は個々の科学者に委ねられるか、機関等に委ねられるか
<要約終わり>
要約の3番目にある「軍事との関係を深めると学術の本質が損なわれる」との「前提」は不明確である。そういう懸念が脳内にあるのだと理解しておこう。
要約の2番目にある「軍事品と民生品の区分けが困難」という話は今や常識だ。
というよりも、「これは軍事、これは民生品」との区分けはあまり意味がないものだ。
過去、先端技術を開発して、それが敵対勢力に利用された場合、自国安全保障上不利になるので「軍事機密指定」をする、との点に於いて、「これは軍事」としてきたものなどが「これは軍事」となるもので、今は民生品であっても特許権や、逆に特許権を得る為に公開される技術エッセンスの拡散を嫌い特許申請しないとか、民生部門でも「秘密指定」は行われており、この様な区分は政策上のもので、技術世界とは別のものだ。研究成果を機密にすることは民間企業でも行われている。機密にしないとパクリ国家が技術開発先行者利得を害し、低コストで製品化して市場でのシェアを奪っていく現実がある。
軍事技術の中には、軍事目的に特化して開発された技術もあり民生用に展開し得ない技術もあるのだが、最初軍事目的に開発された技術の多くは、民生用に展開されている。
民生品になった軍事品は沢山あり過ぎて、その全部を紹介できないが、当方が子供の頃、夢一杯に見ていた、スプートニク人工衛星の宇宙空間到達やジェミニ宇宙船での宇宙遊泳などは、大陸間弾道ミサイル技術で開発された宇宙ロケットによるものだし、当方が長年愛用してきたアクア・スキュータムのトレンチ・コートなどは代表的な軍事目的衣料である。衣料に関しては他にカーティガンや、某所で絶大な人気を誇るセーラー服のデザインも軍事衣料由来である。
そもそも、この文章を読んでいる方は、既に「軍事技術」を利用している。敵に砲弾をあてる為に開発された弾道計算機の電子版のなれの果てのPCやスマホを使用しているだろうし、軍隊の組織的運用を円滑にする為の通信手段としてのインターネットを使用しているだろう。スマホの位置情報はGPS技術がなければ存在しない機能である
「民生品になった軍事品は沢山あり過ぎる」理由は、その開発動機が経済的利得ではないのが原因だ。逆に言えば、民生品の場合、ある製品の為の技術開発をするには、その技術開発に投入する資金が製品の販売を通じて回収できる見込みが低いと、技術研究を進める障害と認識され、なかなか手が付けられないとの構造がある。
一方、軍事品の場合、経済性よりも有用性に発想の軸足があり、投資資金の回収は金銭ではなく「平和の継続」にある為に、民生品が抱える開発開始に係る経済的障害は低い。
この様な構造があるので、過去に於いては、技術開発のリード役を担っていたのが「軍事技術」だったのである。
そういう視点から、むしろ、「これは軍事、これは民生品」との区分けは、今となっては意味がないものだと考えている。
採算性が低い、或いは、投資回収期間が経済性から見て長すぎるものは民間企業は手を出せないが、それが必要な場面は存在しており、例えば社会インフラの様なものは、公的機関が整備したり、公的資金を投入するとの構造は、現実世界ではずっと存在し続けている。
「社会インフラ」としては、それが道路であったり、治山治水工事であったりするが、それが「安全保障上の動機」との冠がつくと、途端に頑なになるとの不思議な現象が起こるのは、やはりGHQ占領政策の後遺症だと考えている。
さて、要約の1番目にある過去の「表明」の年代、1950年と1967年を見れば、その当時としては、そういうことになるのは仕方がない時代だったのであろうと考えている。
1950年の声名(*3)【戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない決意の表明】が出された時期とは、終戦後わずが5年しか経っていない時期であり、我が国は占領だれ主権喪失状態が続いていた時代である。資料の日付を見ると昭和25年(1950年)4月28日であり、朝鮮半島で戦争が勃発する約2ヶ月前のことである。
この時期のGHQの占領政策は、東西冷戦構造対応に変わる前であり、敗戦国日本を最貧国化する方針だった時代である。そんな時代に理系研究者達が、研究を継続する為には、この様な声名を出さざるを得ない状況だったのだと思われる。
もう1つの過去の声名である1967年の声名(*4)【軍事目的のための科学研究を行なわない声明】は、東京五輪後3年が経過した昭和42年(1967年)10月20日付で出された声名であるが、これは前年の1966年に開催された半導体国際会議を開催するにあたり、米軍の資金援助を受けたことが「問題」とされ、半導体国際会議を後援していた学術会議が、それに対応する為に出した「声名」であると解している。
1950年に戦争目的の科学研究をしないとの声名を出しているのに、米軍の資金援助を受けてしまった、だから、あらためて、軍事目的のための科学研究しません、との声名を出したものである。半導体国際会議の主催は日本物理学会、日本学術会議は後援との立場であった。当時のマスコミが、「1950年声名を出しているのに、米軍から資金援助を受けるとは!」と報道したことが、この声名を出した経緯だと、資料を読むと、そう解されるのである。
この「米軍からの資金援助」に関する資料(*5)及び(*6)は文末脚注にて紹介してあるので、興味ある方はご覧いただきたい。
1967年の声名が出された頃、1966~1967年(昭和41年~42年)当時がどんな時代かと言うと、前述した様に1964年(昭和39年)には東京五輪が開催されており、我が国は戦後復興を果たしたとされた時代である。「もはや戦後ではない」との言葉が登場したのは1956年(昭和31年)の経済白書であり、それから既に約10年が経過している時代である。1962年(昭和37年)に池田勇人が欧州各国を訪問した際に、手土産としてSONYのトランジスターラジオを持っていき、ド・ゴールから「トランジスターのセールスマン」と揶揄される程に我が国は既に半導体分野での「売れ筋商品」を生産できる国家であった。
一方、この時代は、朝鮮戦争が終わったものの、米ソ冷戦構造は相変わらずであり、1964年(昭和39年)8月にはトンキン湾事件が発生し、アメリカのベトナム戦争介入が本格化し始めた時代である。そういう時代に、「半導体国際会議を後援していた学術会議が米軍から資金援助を受ける」との「報道」が出されたのだから、マスコミが大騒ぎする事態であったのである。
学術会議の構成員の多くが、その日常を暮す大学はどうだったかと言うと、この時期は所謂「学園闘争」の時代であり、大学キャンパスは騒然としていたのである。1959年の60年安保が過ぎても1967年(昭和42年)10月には、佐藤栄作訪米阻止の「羽田闘争」があったし、翌年には「東大闘争」が始まっており、1969年(昭和44年)1月には安田講堂攻防戦となり、その年の東大受験が中止になるなど、そういう時代であった。教授が学生により監禁される時代なのである。そういう時代背景のもとに、「1950年「声名」」を突かれた上で出されたのが「1967年「声名」」であることがわかる。
検討委員会が具体的審議事項として想定している事項のうち、①は「過去の「声名」」に関してである。「①50年及び67年決議以降の条件変化をどうとらえるか」と正面から扱う姿勢を示しており、この姿勢は良いのだが、どうやら検討委員会は時代変化を考慮せず踏襲する方向でまとめている様である。はっきり言って、それじゃ全然ダメである。
次の②は「軍事品と民生品の区分けが困難」に関してであるが、上述した様に、そもそもが「これは軍事、これは民生品」との区分けは不可能で無意味なのが実態だ。
この①と②が「問題だ」とされたのは、過去の「当時の実態」が背景にあったからこその「問題」であり、現状に於いては、その実情からして「線引きした上での議論」自体が成り立たない状態だと考える。①の「過去の「声名」」は、その歴史的使命を終えていると考える。
③から⑤の想定審議事項は、あたかも「学術」が統一的一枚岩で存在しているかの様な誤謬と、研究は何物にも束縛されない完全自由な環境で行うものとのお花畑的発想があるのではないか、との疑問が想起される事項である。
応募資格(*7)を持つのは、大学、研究機関、民間企業等であり、これら各機関は、学術会議の指揮命令下にはないし、これら研究機関の研究費は、けして無尽蔵にある訳ではなく、実際は、何等かのひも付きであったりする。それが現実だ。
学術会議の検討委員会が、理系研究者が研究予算の調達方法で悩むとの現実を踏まえた、しっかりとした議論をすれば良いのだが、どうも違う様だ。
いったいどんなメンバーで検討しているのかを調べると、委員会は15名で、委員長は法大教授(法学)、副委員長は東大名誉教授(農学・環境学)、幹事2名は、東大社科研教授(法学)と九大名誉教授(工学)であった。(*8)委員会役員構成は文系と理系が半々であった。「安全保障技術研究推進制度」を「課題」として検討する委員会の委員長は理系ではないのである。また15名の委員の中には、連携会員から「科学哲学者1名」「法学部教授1名」がいる。なるほど、そういう事か、との感がある。
一方、「安全保障技術研究推進制度」での研究助成対象となったテーマには、以下の様なものがある。
・運搬可能な超小型バイオマスガス化発電システム(東工大)
・光を完全に吸収する特殊素材の開発(理研)
・極細繊維による有毒ガス吸着シートの開発(豊橋技術科学大学)
どれもが夢のある研究テーマだと感じる。従前から予算が切迫している為に充分な研究が出来ない研究者は沢山いた。そういう研究者に研究費をただ単に助成するやり方では、財政至上主義者の権化である財務省が安易に新規予算化や継続予算の増額を認めるものではない。しかし、そんなシブチン相手であったも、国の存立基盤たる安全保障に資する研究への研究費助成制度が新設されたのは前々年度の2015年度分からであり、今年度2017年度は大幅増の110億円の予算となった。
理系の技術研究者が研究テーマに悩むのではなく、そのラボ実験設備の導入等の研究費調達問題で悩むとの本末転倒を解消する良い制度だと思えるのだが、如何であろう?
尚、学術会議の委員会は、過去の声名を踏襲する方向性を示しているので、その点については別項にて論評する予定である。



【文末脚注】(PDF形式の場合は注意願う)
(*1):課題別委員会設置提案書・平成28年5月20日
日本学術会議HP
http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/anzenhosyo/pdf23/anzenhosyo-setti.pdf
<課題に関する部分の抜粋引用>
4.課題の内容
(1)課題の概要
日本学術会議は1950年に「戦争を目的とする科学研究には絶対従わない決意の表明(声明)」を、1967年には「軍事目的のための科学研究を行わない声明」を発出した。近年、軍事と学術とが各方面で接近を見せている。その背景には、軍事的に利用される技術・知識と民生的に利用される技術・知識との間に明確な線引きを行うことが困難になりつつあるという認識がある。他方で、学術が軍事との関係を深めることで、学術の本質が損なわれかねないとの危惧も広く共有されている。
本委員会では、以上のような状況のもとで、安全保障に関わる事項と学術とのあるべき関係を探究することを目的とする。
具体的には、以下のような審議事項を想定している。
① 50年及び67年決議以降の条件変化をどうとらえるか
② 軍事的利用と民生的利用、及びデュアル・ユース問題について
③ 安全保障にかかわる研究が、学術の公開性・透明性に及ぼす影響
④ 安全保障にかかわる研究資金の導入が学術研究全般に及ぼす影響
⑤ 研究適切性の判断は個々の科学者に委ねられるか、機関等に委ねられるか
(2)審議の必要性
上記の通り、状況の変化等を踏まえ、日本学術会議としても、安全保障に関わる事項と学術のあるべき関係について我が国の学術界が採るべき考え方を改めて検討する必要がある。
(3)日本学術会議が過去に行っている検討や報告等の有無
・1950年 声明「戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない決意の表明」
・1954年 声明「原子力の研究と利用に関し、公開、民主、自主の原則を求める声明」
・1967年 声明「軍事目的のための科学研究を行わない声明」
・2012年 報告「科学・技術のデュアル・ユース問題に関する検討報告」(科学・技術のデュアル・ユース問題に関する検討委員会)
・2013年 声明「科学者の行動規範―改訂版―」
(4)政府機関等国内の諸機関、国際機関、他国アカデミーの関連する報告等の有無
・必要に応じて他国における安全保障と学術の関係について参考としながら活動していく必要がある。(後略)
<引用終わり>
(*2):安全保障技術研究推進制度
防衛省HP(防衛装備庁)
http://www.mod.go.jp/atla/funding.html
この制度は、平成27年度(2015年度)から始まった制度で、防衛装備品に使える基礎研究の育成を目的にした研究費助成制度である。研究費の助成対象は、大学、民間研究機関、企業である。防衛省が提示したテーマに応募してきた対象者の中から採択された研究に対して、最長3年間に9千万円の研究費の助成が行われる。今年度までの予算額推移は、平成27年度3億円、平成28年度6億円で、平成29年度が110億円となっている。
(*3):学術会議1950/4/28 声明(第6回総会)
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/01/01-49-s.pdf
「戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない決意の表明」
(*4):学術会議1967/10/20 声明(第49回総会)
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/04/07-29-s.pdf
「軍事目的のための科学研究を行なわない声明」
<近時、米国陸軍極東研究開発局よりの半導体国際会議やその他の個別研究者に対する研究費の援助等の諸問題を契機として・・(中略)・・既に日本学術会議は、上記国際会議公園の責任を痛感して、会長声名を行った。>
(*5):半導体国際会議(1966 年)に際し導入された米軍資金について
http://ci.nii.ac.jp/els/110002072293.pdf?id=ART0002361738&type=pdf&lang=en&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1489474197&cp=
(*6):半導体国際会議と米軍資金の問題について(小野周(東大教養))
http://ci.nii.ac.jp/els/110006445890.pdf?id=ART0008455926&type=pdf&lang=en&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1489473728&cp=
(*7):安全保障技術研究推進制度の応募資格(抜粋)
防衛省HP
http://www.mod.go.jp/atla/funding/h27pamphlet.pdf
本制度は、日本国内において、研究を実施する能力のある以下の機関に所属する研究者
あるいは研究者グループを対象としています。
(1)大学、高等専門学校又は大学研究共同利用機関
(2)独立行政法人、特殊法人又は地方独立行政法人
(3)民間企業、大学発ベンチャー又は公益・一般法人
★ 研究の総括的な責任者(研究代表者)は、日本国籍を有していることが必要です。また、
研究実施場所は、原則としてすべて日本国内にあることが必要です。
★ 研究代表者の所属する機関は、日本の法律による法人格をもつ組織であることが必要です。
<引用終わり>
(*8):安全保障と学術に関する検討委員会の構成員(日本学術会議HP)
http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/anzenhosyo/pdf23/anzenhosyo-kousei.pdf
<要約>
委員長:杉田敦・法大法学部教授(第1部会・人文科学系)
副委員長:大政謙次・東大名誉教授他(第2部会・生命科学系)
幹事:佐藤岩夫・東大社科研教授(第1部会・人文科学系)
幹事:小松利光・九大名誉教授(第3部会・理学・工学系)
上記以外委員:第1部会・人文科学系1名
第2部会・生命科学系3名
第3部会・理学・工学系5名
連携会員・科学哲学者1名、法学部教授1名
以上



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