フーバー回顧録・目次1
- 2016/08/27
- 00:02
フーバー回顧録・目次1

副題:他者の目を通したものではなく、原著を自分自身が読むことは重要。とは言え、総ての人が、それを出来る訳ではない。だから、出来るだけ原著を偏らず紹介したい。
題名に使用した「フーバー回顧録」とは通称である。
同著の英語原題は以下の通り「裏切られた自由」である。
Freedom Betrayed:
(裏切られた自由)
Herbert Hoover's Secret History of the Second World War and Its Aftermath
(ハーバート・フーバーの知られざる歴史、第二次世界大戦と、その後の影響(余波))
この書籍は、同書の奥付(と言っても日本の書籍ではないので「奥付」ではなく最初の方に書いてあるのだが)にはFirst Printing 2011とある、初版2011年の本である。
著者のフーバーはアメリカ第31代大統領であり、また、著名な歴史家であるのだが、フーバーの没年は1964年であり、この本は没後47年を経て出版されたものだということがわかる。
日本語版の出版は未だなされていないので、原著を購入してぼちぼちと読んでいるのが現状だ。同書の最終ページのページ数は「957」となっており、編集者序文等120ページを加えると1100ページに迫る、厚さ6.5cmの大著である。当初から読むのに苦労することは想定される書籍なのだが、それでも原著を購入したのは、以下の書籍を読み、その内容に興味を持ったからである。
○日米戦争を起こしたのは誰か
ルーズベルトの罪状・フーバー大統領回顧録を論ず
藤井厳喜・稲村公望・茂木弘道【著】
勉誠出版(2016/01/18初版)
ISBN978-4-585-23036-6
上記の和書は「フーバー回顧録」自体の訳本ではない。
「フーバー回顧録」を題材にした三人の対談本であり、そこで語られている内容は二次資料である。
本ブログを長くお読みの方なら良く知る様に、当方は、二次資料を基本的には信用しておらず、一次資料を見ることを基本的信条としている。
今回も同じであり、原書を自分自身が読む必要性を感じ、原著購入したものである。
和書の方は、興味あれば各自が購入してお読みいただきたい。
原著の方は、とても厚く、全文英語であり、そうそう全員が読めるものではないので、この様に適宜、当方が読んだ感想を紹介しているものである。
1.目次の構成
同著のフーバー自身の著作部分の目次は、Volume(部)、Section(章)、Chapter(節)で構成されている。
VolumeⅠ(Ⅰ部)及びVolumeⅡ(Ⅱ部)は、本著の主要部分であり、戦争に至る過程から対日戦争終了までの期間を対象とした連続した18のSectionで構成されおり、VolumeⅠはSectionⅠ~Ⅹの10の章、VolumeⅡはSectionⅩⅠ~ⅩⅧの8つの章を持つ。
各々の章は幾つかのChapterを持ち、VolumeⅠ・SectionⅠのChapter1からVolumeⅡ・SectionⅩⅧのChapter85までの連続した85の節に区分され記述されている。
これに続くVolumeⅢはCase Histories との題名が付き、SectionⅠからSectionⅣの4つの章で構成されている。VolumeⅢの目次にはChapterは登場しないが、本文にはChapter毎の区切りがある。
最後にAppendix(附則)がある。目次には登場しないがフーバーの各種書類・メモ等が記載されており、Document1(書類1)からDocument28(書類28)がある。
上記和書で取り上げられている「A Review of Lost Statesmanship-19 Times in 7 Years」は、このAppendixに収録されているDocument18のことである。
これはとれも興味深いサマリーなので、後段で別途紹介する予定である。
2.主要部分(VolumeⅠ&VolumeⅡ)の各Chapterの題名の紹介
85にも区分されている主要部分だが、正に、その題名の「流れ」こそが、フーバーの歴史認識そのものである。
その様に評価しているので、逆に言えば85のChapterを総て紹介すると、この書籍の価値を毀損する可能性があると考えた。「著作者の権利侵害」になる可能性があるので、全部を紹介することを避け、我々日本人に関係する部分に軸足を置き、欧州部分は出来るだけ省略し、我が国に関連する部分を抜粋して紹介することにする。
同書は最初にEditor’s Acknowledgments、Editor’s Introduction、Editor’s Note on Sources and Editing Methods(編集者の序文、謝辞、元原稿出典と編集方針)で120頁を費やしている。学術書に相応しい明示だと思う。その後、フーバー自身の著作部分の第1ページの始まりとなる。
<引用開始>(和訳は当方による)
VolumeⅠ
Introduction
SectionⅠ:A Great Intellectual and Moral Plague Comes to Free Men
偉大な、知的で道徳的な装いの疫病神が「人を解放するため」に来る
Chapter1:The Creators,Leaders,Principles,and Methods of Communism
共産主義の、創造者、リーダー、原則、及びその方法
<引用終わり>
書き出しのSectionⅠ・Chapter1が「共産主義」についてである。
我々、現在の日本人は、共産主義の非民主主義原則や反自由主義であることに対する認識が希薄になっていると思うが、フーバー元大統領は、共産主義の危険性で書き始めている。
詳しい論評は別項となるが、20世紀という時代は、共産主義という疫病神が人類を苦しめた時代であるのだから、この書き出しは実に的確だと感じている。
<引用開始>
Chapter4:Infiltration of Member of the Communist Party into the Federal Government
(連邦政府への共産党メンバーの浸透)
<引用終わり>
第4節は「連邦政府への共産党メンバーの浸透」である。
我が国に於いてはゾルゲ事件の尾崎秀実等共産党メンバーの政府浸透があり、米国に於いても同様であったのである。
<引用開始>
SectionⅡ:I Make an Appraisal of Forces Moving among Nation in 1938
(1938年時点での各国間「国家パワー」に関する私的評価)
Chapter12:Japan
<引用終わり>
SectionⅡは各国の「国家パワー」=軍事力の状況をフーバー元大統領が評価をしている章である。この章は、1938年のフーバー大統領の欧州訪問の経験に基づき書かれている。
同著には、1938年3月8日のベルリン訪問時にヒットラーと面会した際の写真等が記載されている。この章の序で最初に登場するのはスターリンとヒットラーである。そして、各節で登場する国名はChapter6ベルギーとフランス、Chapter7ドイツとイタリア、Chapter8オーストリア、チェコスロバキア、ポーランド、Chapter9ラトビア、エストニア、フィンランド、スウェーデン、Chapter10ロシアと欧州諸国が並び、Chapter11でChina in 1938(1938年の支那)、Chapter12日本となっている。
そしてChapter13で「The Decline and Fall of the League of Nations」で国際連盟の機能低下・無効化との題名の節があり、Chapter14でイギリスを取り上げている。
20世紀初期のアメリカ大統領が20世紀中盤に書いている文書なので、その軸足は自国米国と欧州にあるのは当然で、アジア方面の記載は少ない。
Chapter1からChapter10に至る欧州各国に関しては5~6ページ程の文書量であるのに比して、Chapter11の支那については4ページ、Chapter12日本はたった1ページの記載しかない。また、支那・日本に関する記述は、一般的国情説明に多くを費やしており、米国視点での一般御が殆どであり、実質的には、フーバー自身の意見は見られない。
Chapter11の支那の地に関する記述で特徴的なのは、フーバー元大統領は正直に1938年当時の旅程で極東には訪問していない旨を最初に明示し、支那の地に於いても、最初に共産主義の浸透に関して言及している。
Chapter12:Japanの記述は通り一辺倒である。
ここからは、1938年当時のアメリカの関心はやはり欧州中心であり、アジアに関しては、実情が伝わっていなかったと解することが出来る。
<引用開始>
SectionⅢ:A Revolution in American Foreign Policies
(アメリカの外交戦略の大転換)
Chapter16:President Roosevelt Abandons Isolationism and Enters Foreign Politics
(ルーズベルト大統領は孤立主義を捨て外交戦の世界に飛び込んだ)
<引用終わり>
「孤立主義」と直訳したが、この時代のことなので「「モンロー主義」を捨てた」とする方が内容的には正しいと思われる。
モンロー主義とは、第5代大統領ジェームズ・モンローが提唱した、南北アメリカ大陸とユーラシア大陸西側の欧州諸国間の「相互不干渉」のことである。
提唱内容の骨子は次の4点だと言われている。
1)アメリカは欧州諸国の紛争に干渉しない。
2)南北アメリカ大陸に現存する欧州諸国の植民地や属領を承認し、干渉しない。
3)南北アメリカ大陸での植民地化を、これ以上望まない。
4)現在、独立に向けた動きがある旧スペイン領に対して欧州諸国が干渉することは、アメリカの平和に対する脅威とみなす。
要するに、1)で、アメリカは欧州のことに口出ししない、2)で欧州諸国の既得権を認めるが、3)南北アメリカ大陸には、もう来るな。4)旧スペイン領植民地の独立を阻止することは諦めろ。とにかく欧州諸国は、南北アメリカ大陸に口出しするな、というアメリカの縄張り宣言である。これは、アメリカが自国領のみに「孤立」するものではない。
欧州及び南北アメリカとの欧米の地元間の協定であり、アジア・アフリカは含まれてはいない。我々日本の地元であるアジアで日本が縄張り宣言をしても、それを認めないのとは大違いである。
ここでいう「孤立主義」とは「モンロー主義」のことであり、実質は、当時のスーパーパワーが各々の地元支配を容認しあうもので、ある意味では各地元の「平和体制」であったのだが、ルーズベルトは大きな方針転換をした旨が書かれている。
<引用開始>
SectionⅣ:1939:In Europe, a Year of Monstrous Evil for Mankind
(1939年、欧州に於いて、人類に対するモンスター級の邪悪が始まった年)
Chapter19:Hitler Moves on Poland
(ヒットラーのポーランド侵攻)
Chapter20:Shall We Send Our Youth to War?
(アメリカの若者を戦争に送りますか?(欧州戦争への派兵は?)
Chapter21:The Allies and Hitler Each Bid for an Alliance with Stalin
(連合国側とヒットラーはそれぞれ、スターリンと同盟すべく動いた)
<引用終わり>
第二次世界大戦は、1939年9月1日、ドイツのポーランド侵攻から始まった。
章名に「1939」とあるのは、その年が、我が国に於ける「1945(昭和20年)」と同じ様に象徴的な年である。
前章「アメリカの外交戦略の大転換」でルーズベルトの外交戦略は大きく変わったのだが、アメリカは欧州戦線への参戦をしていない。それは、アメリカの「中立法」により、参戦出来ない状態だったからだ。
<長くなったので項を分けます>
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副題:他者の目を通したものではなく、原著を自分自身が読むことは重要。とは言え、総ての人が、それを出来る訳ではない。だから、出来るだけ原著を偏らず紹介したい。
題名に使用した「フーバー回顧録」とは通称である。
同著の英語原題は以下の通り「裏切られた自由」である。
Freedom Betrayed:
(裏切られた自由)
Herbert Hoover's Secret History of the Second World War and Its Aftermath
(ハーバート・フーバーの知られざる歴史、第二次世界大戦と、その後の影響(余波))
この書籍は、同書の奥付(と言っても日本の書籍ではないので「奥付」ではなく最初の方に書いてあるのだが)にはFirst Printing 2011とある、初版2011年の本である。
著者のフーバーはアメリカ第31代大統領であり、また、著名な歴史家であるのだが、フーバーの没年は1964年であり、この本は没後47年を経て出版されたものだということがわかる。
日本語版の出版は未だなされていないので、原著を購入してぼちぼちと読んでいるのが現状だ。同書の最終ページのページ数は「957」となっており、編集者序文等120ページを加えると1100ページに迫る、厚さ6.5cmの大著である。当初から読むのに苦労することは想定される書籍なのだが、それでも原著を購入したのは、以下の書籍を読み、その内容に興味を持ったからである。
○日米戦争を起こしたのは誰か
ルーズベルトの罪状・フーバー大統領回顧録を論ず
藤井厳喜・稲村公望・茂木弘道【著】
勉誠出版(2016/01/18初版)
ISBN978-4-585-23036-6
上記の和書は「フーバー回顧録」自体の訳本ではない。
「フーバー回顧録」を題材にした三人の対談本であり、そこで語られている内容は二次資料である。
本ブログを長くお読みの方なら良く知る様に、当方は、二次資料を基本的には信用しておらず、一次資料を見ることを基本的信条としている。
今回も同じであり、原書を自分自身が読む必要性を感じ、原著購入したものである。
和書の方は、興味あれば各自が購入してお読みいただきたい。
原著の方は、とても厚く、全文英語であり、そうそう全員が読めるものではないので、この様に適宜、当方が読んだ感想を紹介しているものである。
1.目次の構成
同著のフーバー自身の著作部分の目次は、Volume(部)、Section(章)、Chapter(節)で構成されている。
VolumeⅠ(Ⅰ部)及びVolumeⅡ(Ⅱ部)は、本著の主要部分であり、戦争に至る過程から対日戦争終了までの期間を対象とした連続した18のSectionで構成されおり、VolumeⅠはSectionⅠ~Ⅹの10の章、VolumeⅡはSectionⅩⅠ~ⅩⅧの8つの章を持つ。
各々の章は幾つかのChapterを持ち、VolumeⅠ・SectionⅠのChapter1からVolumeⅡ・SectionⅩⅧのChapter85までの連続した85の節に区分され記述されている。
これに続くVolumeⅢはCase Histories との題名が付き、SectionⅠからSectionⅣの4つの章で構成されている。VolumeⅢの目次にはChapterは登場しないが、本文にはChapter毎の区切りがある。
最後にAppendix(附則)がある。目次には登場しないがフーバーの各種書類・メモ等が記載されており、Document1(書類1)からDocument28(書類28)がある。
上記和書で取り上げられている「A Review of Lost Statesmanship-19 Times in 7 Years」は、このAppendixに収録されているDocument18のことである。
これはとれも興味深いサマリーなので、後段で別途紹介する予定である。
2.主要部分(VolumeⅠ&VolumeⅡ)の各Chapterの題名の紹介
85にも区分されている主要部分だが、正に、その題名の「流れ」こそが、フーバーの歴史認識そのものである。
その様に評価しているので、逆に言えば85のChapterを総て紹介すると、この書籍の価値を毀損する可能性があると考えた。「著作者の権利侵害」になる可能性があるので、全部を紹介することを避け、我々日本人に関係する部分に軸足を置き、欧州部分は出来るだけ省略し、我が国に関連する部分を抜粋して紹介することにする。
同書は最初にEditor’s Acknowledgments、Editor’s Introduction、Editor’s Note on Sources and Editing Methods(編集者の序文、謝辞、元原稿出典と編集方針)で120頁を費やしている。学術書に相応しい明示だと思う。その後、フーバー自身の著作部分の第1ページの始まりとなる。
<引用開始>(和訳は当方による)
VolumeⅠ
Introduction
SectionⅠ:A Great Intellectual and Moral Plague Comes to Free Men
偉大な、知的で道徳的な装いの疫病神が「人を解放するため」に来る
Chapter1:The Creators,Leaders,Principles,and Methods of Communism
共産主義の、創造者、リーダー、原則、及びその方法
<引用終わり>
書き出しのSectionⅠ・Chapter1が「共産主義」についてである。
我々、現在の日本人は、共産主義の非民主主義原則や反自由主義であることに対する認識が希薄になっていると思うが、フーバー元大統領は、共産主義の危険性で書き始めている。
詳しい論評は別項となるが、20世紀という時代は、共産主義という疫病神が人類を苦しめた時代であるのだから、この書き出しは実に的確だと感じている。
<引用開始>
Chapter4:Infiltration of Member of the Communist Party into the Federal Government
(連邦政府への共産党メンバーの浸透)
<引用終わり>
第4節は「連邦政府への共産党メンバーの浸透」である。
我が国に於いてはゾルゲ事件の尾崎秀実等共産党メンバーの政府浸透があり、米国に於いても同様であったのである。
<引用開始>
SectionⅡ:I Make an Appraisal of Forces Moving among Nation in 1938
(1938年時点での各国間「国家パワー」に関する私的評価)
Chapter12:Japan
<引用終わり>
SectionⅡは各国の「国家パワー」=軍事力の状況をフーバー元大統領が評価をしている章である。この章は、1938年のフーバー大統領の欧州訪問の経験に基づき書かれている。
同著には、1938年3月8日のベルリン訪問時にヒットラーと面会した際の写真等が記載されている。この章の序で最初に登場するのはスターリンとヒットラーである。そして、各節で登場する国名はChapter6ベルギーとフランス、Chapter7ドイツとイタリア、Chapter8オーストリア、チェコスロバキア、ポーランド、Chapter9ラトビア、エストニア、フィンランド、スウェーデン、Chapter10ロシアと欧州諸国が並び、Chapter11でChina in 1938(1938年の支那)、Chapter12日本となっている。
そしてChapter13で「The Decline and Fall of the League of Nations」で国際連盟の機能低下・無効化との題名の節があり、Chapter14でイギリスを取り上げている。
20世紀初期のアメリカ大統領が20世紀中盤に書いている文書なので、その軸足は自国米国と欧州にあるのは当然で、アジア方面の記載は少ない。
Chapter1からChapter10に至る欧州各国に関しては5~6ページ程の文書量であるのに比して、Chapter11の支那については4ページ、Chapter12日本はたった1ページの記載しかない。また、支那・日本に関する記述は、一般的国情説明に多くを費やしており、米国視点での一般御が殆どであり、実質的には、フーバー自身の意見は見られない。
Chapter11の支那の地に関する記述で特徴的なのは、フーバー元大統領は正直に1938年当時の旅程で極東には訪問していない旨を最初に明示し、支那の地に於いても、最初に共産主義の浸透に関して言及している。
Chapter12:Japanの記述は通り一辺倒である。
ここからは、1938年当時のアメリカの関心はやはり欧州中心であり、アジアに関しては、実情が伝わっていなかったと解することが出来る。
<引用開始>
SectionⅢ:A Revolution in American Foreign Policies
(アメリカの外交戦略の大転換)
Chapter16:President Roosevelt Abandons Isolationism and Enters Foreign Politics
(ルーズベルト大統領は孤立主義を捨て外交戦の世界に飛び込んだ)
<引用終わり>
「孤立主義」と直訳したが、この時代のことなので「「モンロー主義」を捨てた」とする方が内容的には正しいと思われる。
モンロー主義とは、第5代大統領ジェームズ・モンローが提唱した、南北アメリカ大陸とユーラシア大陸西側の欧州諸国間の「相互不干渉」のことである。
提唱内容の骨子は次の4点だと言われている。
1)アメリカは欧州諸国の紛争に干渉しない。
2)南北アメリカ大陸に現存する欧州諸国の植民地や属領を承認し、干渉しない。
3)南北アメリカ大陸での植民地化を、これ以上望まない。
4)現在、独立に向けた動きがある旧スペイン領に対して欧州諸国が干渉することは、アメリカの平和に対する脅威とみなす。
要するに、1)で、アメリカは欧州のことに口出ししない、2)で欧州諸国の既得権を認めるが、3)南北アメリカ大陸には、もう来るな。4)旧スペイン領植民地の独立を阻止することは諦めろ。とにかく欧州諸国は、南北アメリカ大陸に口出しするな、というアメリカの縄張り宣言である。これは、アメリカが自国領のみに「孤立」するものではない。
欧州及び南北アメリカとの欧米の地元間の協定であり、アジア・アフリカは含まれてはいない。我々日本の地元であるアジアで日本が縄張り宣言をしても、それを認めないのとは大違いである。
ここでいう「孤立主義」とは「モンロー主義」のことであり、実質は、当時のスーパーパワーが各々の地元支配を容認しあうもので、ある意味では各地元の「平和体制」であったのだが、ルーズベルトは大きな方針転換をした旨が書かれている。
<引用開始>
SectionⅣ:1939:In Europe, a Year of Monstrous Evil for Mankind
(1939年、欧州に於いて、人類に対するモンスター級の邪悪が始まった年)
Chapter19:Hitler Moves on Poland
(ヒットラーのポーランド侵攻)
Chapter20:Shall We Send Our Youth to War?
(アメリカの若者を戦争に送りますか?(欧州戦争への派兵は?)
Chapter21:The Allies and Hitler Each Bid for an Alliance with Stalin
(連合国側とヒットラーはそれぞれ、スターリンと同盟すべく動いた)
<引用終わり>
第二次世界大戦は、1939年9月1日、ドイツのポーランド侵攻から始まった。
章名に「1939」とあるのは、その年が、我が国に於ける「1945(昭和20年)」と同じ様に象徴的な年である。
前章「アメリカの外交戦略の大転換」でルーズベルトの外交戦略は大きく変わったのだが、アメリカは欧州戦線への参戦をしていない。それは、アメリカの「中立法」により、参戦出来ない状態だったからだ。
<長くなったので項を分けます>



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