緊急事態条項の必要性2
- 2016/07/23
- 00:01
緊急事態条項の必要性2

副題:法治主義を維持する為には緊急事態条項は必要。
緊急事態を想定させないのは非武装と同じ。
<目次1>前回
Ⅰ:最初に
Ⅱ:緊急事態条項って何?
<目次2>今回
Ⅲ:我が国現行憲法には緊急事態条項がないのは何故か?
副題:帝国憲法にあった緊急事態条項は削除された。
Ⅳ:「緊急事態条項」が危険な条項なら、何故戦後ドイツ憲法に存在するのか?
Ⅲ:我が国現行憲法には緊急事態条項がないのは何故か?
副題:帝国憲法にあった緊急事態条項は削除された。
「緊急事態」は起こって欲しくない事象であるのは、誰しもが共通する感覚だろう。
また、万が一緊急事態が発生してしまったら、その事態で自身や家族が受傷したり、生命を失ったりしない様な公的な対策が望まれる。
前回論述した様に、平時に於いても法治主義を徹底する為には「緊急事態条項」は必須の項目なのである。
我が国は法治国家であり、法に基づき運営されている。
「緊急事態」になったからと言って、法を無視して良い訳ではない。
ところが、「現行憲法には緊急事態条項がない」との非常識なものになっているのである。
それは何故か?
答は、憲法前文、憲法9条と同じ思想で帝国憲法から削除されたからである。
憲法前文、憲法9条は、現行憲法に存在しているから、その異様さは認識できるのだが、「なくなって存在していない「緊急事態条項」」という「存在しないことの異様さ」はなかなか認識できない。
「異様さ」のうち、先ず、存在している「異様さ」の最初の事例として、憲法前文を紹介する。英文和訳した憲法前文は、実に読みにくい「酷い日本語」になっているのだが、もっとも異様な部分である第2段落を引用する。
<現行憲法前文・抜粋引用>
日本国民は,恒久の平和を念願し,人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって,平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して,われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは,平和を維持し,専制と隷従,圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において,名誉ある地位を占めたいと思う。われらは,全世界の国民が,ひとしく恐怖と欠乏から免がれ,平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
<引用終わり>
なんか色々と書いてあるが、ポイントは「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して,われらの安全と生存を保持しようと決意した。」の部分である。
英文では「and we have determined to preserve our security and existence,」の部分であるが、こんな英文では意味が通じない。
英文で意味が通じる為には、以下の様に、その前段を含まなければならない。
We, the japanese people, desire peace for all time and are deeply conscious of the high ideals controlling human relationship, and we have determined to preserve our security and existence,
↓
<直訳>
我々、日本国民は
1)恒久平和を願い
2)人間(ジンカン)の関係をコントロールしている崇高な理想に深く気づき、
我々は、我々の安全(せキュリティ)と存在を守ると決めた、
↓
<現行憲法>
平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して,われらの安全と生存を保持しようと決意した。
実に日本人を小バカにした物言いである。
日本人は「崇高な理想」の存在を知らぬ阿呆だと言っているのである。
だから、それに気づき、自分の安全と生存を、それに委ねる。
他者に自身の生殺与奪の権を委ねると言っているのである。
自分で自分の命を守らない、維持するか止めるか決めるのは他者であるとの内容だ。
主権国家として、最も重要なことは、自己決定権の保持である。
ところが、自己決定の中でも最も切実な自身の生命の存続・停止の決定権を他者に委ねると書いてあるのである。これを「異様」と言わず、なんとするのだろうか?
前文の異様な文脈を具体的に書いてあるのが、憲法9条である。
憲法9条の「異様さ」は、良く知られているし、この条文に対する論評は多々しているので繰り返さないが、その概要を紹介する。
先ず、第1項で国家主権制限をしていることである。
これは前文で「自己の生命さえも他者に委ねる」との宣言をさせられているのだから、安全保障関係の主権はいらない・行使できないとの内容の条文になっているのである。
そして、それ故に、安全保障の手段である「陸海空その他の戦力」は無用。武装楷書状態を維持しろという内容になっているのである。
前文の「異様さ」をそのまま引き継いでいるのが憲法9条なのだが、前文のもう1つの「異様さ」に気付いている方も少ない。
「もう1つの異様さ」とは、「我が国の基本法たる憲法」であるはずが、我が国歴史の中核であり、国体の本義である「天皇」との語句が前文には一度も登場しないことにある。
我が国歴史を紐解けば、神話では2676年前、古墳時代から約2000年程の歴史があり、それは天皇と民の歴史である。そんな長い歴史を持つ国の「憲法」の「前文」に天皇が登場しないのはかなり異様である。
この様に「存在しないことの異様さ」はなかなか認識できない。
そして、現行憲法の何処にも「緊急事態条項」はないのである。
「緊急事態条項」は前回紹介した様に、フランス憲法にもドイツ憲法(基本法)にもある。
なのに、我が国の現行憲法にはないのである。
我が国の現行憲法は、帝国憲法規定に基づき改憲されたものであるが、帝国憲法には緊急事態条項は存在していた。
ところが、現行憲法では影も形もないのである。
それは何故か?
答は、前文の文脈と同じである。
緊急事態条項が発動されるのは、緊急事態が発生したからであり、国家が国民を守る為に平時とは違う規定が必要だからであるが、自己の生存を他者に委ねることを宣誓している日本国民には緊急事態条項は不要だからである。
「陸海空その他の戦力」が不要な様に、緊急事態条項も不要だからである。
前文、9条、緊急事態条項なしの3つは、そういう意味のものなのである。
戦後独立後、我が国は、この異様な現行憲法に対して、9条に関しては「解釈」でしのいできたし、同様、緊急事態条項がない状態に関して、自衛隊法や武力攻撃事態法等の下位法の整備で対処してきた。昨年夏の安保法制もその一環である。
緊急事態条項を下位法で対処することを、所謂「憲法学者」は「下位法で対処可能で、改憲の必要性はない」と言っているのだが、これは「護憲ありき」のウソ言説である。
「下位法で対処可能」と言っている「憲法学者」は、緊急事態の下位法の充実をした昨年夏の安保法制を「違憲」と称し、「戦争法案」との偽看板を貼りまくり騒いでういた。
緊急事態条項を「下位法で対処可能」と言っているなら、下位法のどの部分は認め、その部分が、どんな理由で「違憲」なのかを、昨年夏は色々と調べたのだが、そういう整合性ある意見は見つからなかった。
<下位法事例>
○自衛隊法:第3条(自衛隊の任務)
自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たるものとする。
○同:第83条(災害派遣)
(条文略)
○武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律(条文省略)
○武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律(条文省略)
もしも「下位法で充分」なら、その基本を憲法に書くことを殊更に忌避するのは何故か?
その一方で、「我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保」「国民の保護のための措置」を目的とする、これら下位法を「戦争法案」「違憲だ~」と称しているのは矛盾しないのか?
まったくのご都合主義。「改憲させない」との結論ありきの後付の屁理屈が「下位法で対処可能」の正体なのである。
国家主権制限・非武装規定の憲法9条の維持と国民の安全の確保・国民の保護を行う為の法を未整備状態に留め置くのは、同じ文脈の帰結である。
どちらも、日本人の生命など無視した三百代言なのである。
Ⅳ:「緊急事態条項」が危険な条項なら、何故戦後ドイツ憲法に存在するのか?
最初に結論を書くと、「緊急事態条項」はちっとも危険じゃなく、むしろ平時と違う事態に於いても国民を守り、法治主義を貫徹することを目的にするものだからである。
「緊急事態条項」を、あたかも危険なものだとしたがっているのは、憲法9条による日本劣後状態を維持したい所謂「護憲派」の同一意図による別行動なのである。
その為なら平気で虚偽を流布させるのが、所謂カタカナ「サヨク」である。
彼らが好んで使う「ヒットラーの独裁話」。
その中に、緊急事態条項のウソが塗り込められている。
そのことを以前も述べているので、再記する。
<再記開始>
Q3:報道ステーションの特集だと「ワイマール憲法にあった緊急事態条項」が独裁の入り口だと言っていたよ。
↓
A3:新しいバリエーションですけど、パターン通りのワイマール憲法元凶説ですね。
そもそも報道ステーションの特集の目的は、特集の最後に古館が言っていた様に、自民党改憲草案の中にある緊急事態条項が、あたかも「悪いもの」「危険なもの」の様なレッテルを貼り、そういうイメージで改憲議論を混乱させ、改憲阻止を狙うものです。
今夏に予定されている参議院議員選挙と改憲議論を絡ませ「自民党の改憲草案は危険」「緊急事態条項があるから」「そんな自民党に投票するんですか」との印象操作の為の特集です。
ですから、昔からある騙しの定番であるテンプレを利用した特集を放送したのだと推察しています。
Q4:でも、やっぱし、ワイマール憲法にあった緊急事態条項が原因なんじゃないのかい?
↓
A4:独裁体制が出来上がったのは、報ステの特集にもあった様に、全権委任法の成立があったからですよ。
Q5:全権委任法が可決したのは、ワイマール憲法にあった緊急事態条項で独裁体制をナチス党が確立したからでは?
↓
A5:そういうイメージで、あたかも緊急事態条項を「悪いもの」「危険なもの」の様に印象操作をしているのです。
その様な誤解を誘発させられた構造を以下に図式しますね。
<報道ステーションのイメージ>
民主的選挙でヒットラー圧勝
↓
緊急事態条項発動★【民主主義機能の終焉】
↓
全権委任法
↓
ヒットラー独裁体制
<実際>
民主的選挙でヒットラー圧勝
↓
緊急事態条項発動
↓
全権委任法★【民主主義機能の終焉】
↓
ヒットラー独裁体制
この様に、【民主主義機能の終焉】の時点を、ワイマール憲法の緊急事態条項の発動に前倒しにした「ワイマール憲法元凶説」ですね。
あたかも、緊急事態条項の存在が民主主義を終焉させた、との印象操作をしていたのです。
<再記終わり>
如何であろう。
そもそも「全権委任法」なる「改憲的下位法の制定」が独裁を決定付けたのであり、ワイマール憲法の「緊急事態条項」が原因ではない。
ワイマール憲法の緊急事態条項第48条には議会の停止権が明記されており、緊急事態条項が発動しても、議会により停止できる建て付けだ。
従い「緊急事態条項があるから独裁体制になった」などは屁理屈なのである。
<長くなったので項を分けます>
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副題:法治主義を維持する為には緊急事態条項は必要。
緊急事態を想定させないのは非武装と同じ。
<目次1>前回
Ⅰ:最初に
Ⅱ:緊急事態条項って何?
<目次2>今回
Ⅲ:我が国現行憲法には緊急事態条項がないのは何故か?
副題:帝国憲法にあった緊急事態条項は削除された。
Ⅳ:「緊急事態条項」が危険な条項なら、何故戦後ドイツ憲法に存在するのか?
Ⅲ:我が国現行憲法には緊急事態条項がないのは何故か?
副題:帝国憲法にあった緊急事態条項は削除された。
「緊急事態」は起こって欲しくない事象であるのは、誰しもが共通する感覚だろう。
また、万が一緊急事態が発生してしまったら、その事態で自身や家族が受傷したり、生命を失ったりしない様な公的な対策が望まれる。
前回論述した様に、平時に於いても法治主義を徹底する為には「緊急事態条項」は必須の項目なのである。
我が国は法治国家であり、法に基づき運営されている。
「緊急事態」になったからと言って、法を無視して良い訳ではない。
ところが、「現行憲法には緊急事態条項がない」との非常識なものになっているのである。
それは何故か?
答は、憲法前文、憲法9条と同じ思想で帝国憲法から削除されたからである。
憲法前文、憲法9条は、現行憲法に存在しているから、その異様さは認識できるのだが、「なくなって存在していない「緊急事態条項」」という「存在しないことの異様さ」はなかなか認識できない。
「異様さ」のうち、先ず、存在している「異様さ」の最初の事例として、憲法前文を紹介する。英文和訳した憲法前文は、実に読みにくい「酷い日本語」になっているのだが、もっとも異様な部分である第2段落を引用する。
<現行憲法前文・抜粋引用>
日本国民は,恒久の平和を念願し,人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって,平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して,われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは,平和を維持し,専制と隷従,圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において,名誉ある地位を占めたいと思う。われらは,全世界の国民が,ひとしく恐怖と欠乏から免がれ,平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
<引用終わり>
なんか色々と書いてあるが、ポイントは「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して,われらの安全と生存を保持しようと決意した。」の部分である。
英文では「and we have determined to preserve our security and existence,」の部分であるが、こんな英文では意味が通じない。
英文で意味が通じる為には、以下の様に、その前段を含まなければならない。
We, the japanese people, desire peace for all time and are deeply conscious of the high ideals controlling human relationship, and we have determined to preserve our security and existence,
↓
<直訳>
我々、日本国民は
1)恒久平和を願い
2)人間(ジンカン)の関係をコントロールしている崇高な理想に深く気づき、
我々は、我々の安全(せキュリティ)と存在を守ると決めた、
↓
<現行憲法>
平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して,われらの安全と生存を保持しようと決意した。
実に日本人を小バカにした物言いである。
日本人は「崇高な理想」の存在を知らぬ阿呆だと言っているのである。
だから、それに気づき、自分の安全と生存を、それに委ねる。
他者に自身の生殺与奪の権を委ねると言っているのである。
自分で自分の命を守らない、維持するか止めるか決めるのは他者であるとの内容だ。
主権国家として、最も重要なことは、自己決定権の保持である。
ところが、自己決定の中でも最も切実な自身の生命の存続・停止の決定権を他者に委ねると書いてあるのである。これを「異様」と言わず、なんとするのだろうか?
前文の異様な文脈を具体的に書いてあるのが、憲法9条である。
憲法9条の「異様さ」は、良く知られているし、この条文に対する論評は多々しているので繰り返さないが、その概要を紹介する。
先ず、第1項で国家主権制限をしていることである。
これは前文で「自己の生命さえも他者に委ねる」との宣言をさせられているのだから、安全保障関係の主権はいらない・行使できないとの内容の条文になっているのである。
そして、それ故に、安全保障の手段である「陸海空その他の戦力」は無用。武装楷書状態を維持しろという内容になっているのである。
前文の「異様さ」をそのまま引き継いでいるのが憲法9条なのだが、前文のもう1つの「異様さ」に気付いている方も少ない。
「もう1つの異様さ」とは、「我が国の基本法たる憲法」であるはずが、我が国歴史の中核であり、国体の本義である「天皇」との語句が前文には一度も登場しないことにある。
我が国歴史を紐解けば、神話では2676年前、古墳時代から約2000年程の歴史があり、それは天皇と民の歴史である。そんな長い歴史を持つ国の「憲法」の「前文」に天皇が登場しないのはかなり異様である。
この様に「存在しないことの異様さ」はなかなか認識できない。
そして、現行憲法の何処にも「緊急事態条項」はないのである。
「緊急事態条項」は前回紹介した様に、フランス憲法にもドイツ憲法(基本法)にもある。
なのに、我が国の現行憲法にはないのである。
我が国の現行憲法は、帝国憲法規定に基づき改憲されたものであるが、帝国憲法には緊急事態条項は存在していた。
ところが、現行憲法では影も形もないのである。
それは何故か?
答は、前文の文脈と同じである。
緊急事態条項が発動されるのは、緊急事態が発生したからであり、国家が国民を守る為に平時とは違う規定が必要だからであるが、自己の生存を他者に委ねることを宣誓している日本国民には緊急事態条項は不要だからである。
「陸海空その他の戦力」が不要な様に、緊急事態条項も不要だからである。
前文、9条、緊急事態条項なしの3つは、そういう意味のものなのである。
戦後独立後、我が国は、この異様な現行憲法に対して、9条に関しては「解釈」でしのいできたし、同様、緊急事態条項がない状態に関して、自衛隊法や武力攻撃事態法等の下位法の整備で対処してきた。昨年夏の安保法制もその一環である。
緊急事態条項を下位法で対処することを、所謂「憲法学者」は「下位法で対処可能で、改憲の必要性はない」と言っているのだが、これは「護憲ありき」のウソ言説である。
「下位法で対処可能」と言っている「憲法学者」は、緊急事態の下位法の充実をした昨年夏の安保法制を「違憲」と称し、「戦争法案」との偽看板を貼りまくり騒いでういた。
緊急事態条項を「下位法で対処可能」と言っているなら、下位法のどの部分は認め、その部分が、どんな理由で「違憲」なのかを、昨年夏は色々と調べたのだが、そういう整合性ある意見は見つからなかった。
<下位法事例>
○自衛隊法:第3条(自衛隊の任務)
自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たるものとする。
○同:第83条(災害派遣)
(条文略)
○武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律(条文省略)
○武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律(条文省略)
もしも「下位法で充分」なら、その基本を憲法に書くことを殊更に忌避するのは何故か?
その一方で、「我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保」「国民の保護のための措置」を目的とする、これら下位法を「戦争法案」「違憲だ~」と称しているのは矛盾しないのか?
まったくのご都合主義。「改憲させない」との結論ありきの後付の屁理屈が「下位法で対処可能」の正体なのである。
国家主権制限・非武装規定の憲法9条の維持と国民の安全の確保・国民の保護を行う為の法を未整備状態に留め置くのは、同じ文脈の帰結である。
どちらも、日本人の生命など無視した三百代言なのである。
Ⅳ:「緊急事態条項」が危険な条項なら、何故戦後ドイツ憲法に存在するのか?
最初に結論を書くと、「緊急事態条項」はちっとも危険じゃなく、むしろ平時と違う事態に於いても国民を守り、法治主義を貫徹することを目的にするものだからである。
「緊急事態条項」を、あたかも危険なものだとしたがっているのは、憲法9条による日本劣後状態を維持したい所謂「護憲派」の同一意図による別行動なのである。
その為なら平気で虚偽を流布させるのが、所謂カタカナ「サヨク」である。
彼らが好んで使う「ヒットラーの独裁話」。
その中に、緊急事態条項のウソが塗り込められている。
そのことを以前も述べているので、再記する。
<再記開始>
Q3:報道ステーションの特集だと「ワイマール憲法にあった緊急事態条項」が独裁の入り口だと言っていたよ。
↓
A3:新しいバリエーションですけど、パターン通りのワイマール憲法元凶説ですね。
そもそも報道ステーションの特集の目的は、特集の最後に古館が言っていた様に、自民党改憲草案の中にある緊急事態条項が、あたかも「悪いもの」「危険なもの」の様なレッテルを貼り、そういうイメージで改憲議論を混乱させ、改憲阻止を狙うものです。
今夏に予定されている参議院議員選挙と改憲議論を絡ませ「自民党の改憲草案は危険」「緊急事態条項があるから」「そんな自民党に投票するんですか」との印象操作の為の特集です。
ですから、昔からある騙しの定番であるテンプレを利用した特集を放送したのだと推察しています。
Q4:でも、やっぱし、ワイマール憲法にあった緊急事態条項が原因なんじゃないのかい?
↓
A4:独裁体制が出来上がったのは、報ステの特集にもあった様に、全権委任法の成立があったからですよ。
Q5:全権委任法が可決したのは、ワイマール憲法にあった緊急事態条項で独裁体制をナチス党が確立したからでは?
↓
A5:そういうイメージで、あたかも緊急事態条項を「悪いもの」「危険なもの」の様に印象操作をしているのです。
その様な誤解を誘発させられた構造を以下に図式しますね。
<報道ステーションのイメージ>
民主的選挙でヒットラー圧勝
↓
緊急事態条項発動★【民主主義機能の終焉】
↓
全権委任法
↓
ヒットラー独裁体制
<実際>
民主的選挙でヒットラー圧勝
↓
緊急事態条項発動
↓
全権委任法★【民主主義機能の終焉】
↓
ヒットラー独裁体制
この様に、【民主主義機能の終焉】の時点を、ワイマール憲法の緊急事態条項の発動に前倒しにした「ワイマール憲法元凶説」ですね。
あたかも、緊急事態条項の存在が民主主義を終焉させた、との印象操作をしていたのです。
<再記終わり>
如何であろう。
そもそも「全権委任法」なる「改憲的下位法の制定」が独裁を決定付けたのであり、ワイマール憲法の「緊急事態条項」が原因ではない。
ワイマール憲法の緊急事態条項第48条には議会の停止権が明記されており、緊急事態条項が発動しても、議会により停止できる建て付けだ。
従い「緊急事態条項があるから独裁体制になった」などは屁理屈なのである。
<長くなったので項を分けます>



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