【コラム】1956年2月29日国会答弁
- 2016/02/29
- 00:06
【コラム】1956年2月29日国会答弁

閏年にだけある2月29日との閏日。
グレゴリオ暦では4年に1回だけ登場する。
今からちょうど60年前の1956年も閏年であった。
その年の2月29日の国会で「誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まる」との【策源地への防衛攻撃は可能】との答弁がなされている。
1956年は昭和31年。終戦後10年しか経っておらず、現行憲法公布後9年、占領期脱してから4年未満の時点である。
還暦を迎えた【策源地への防衛攻撃は可能】の答弁が記載されている国会議事録を以下に紹介する。
昭和31年2月29日・第24回国会内閣委員会・鳩山一郎総理大臣答弁(代読)
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/024/0388/02402290388015a.html
<引用開始>
船田国務大臣:石橋委員の御質問に対しまして、十分総理大臣と話し合いをいたしまして、政府を代表して総理大臣から答弁申し上げることでございますが、ただいま委員長から御報告のありましたような事情でございますので、その答弁の要旨をここに私から申し上げます。
○わが国に対して急迫不正の侵害が行われ、その侵害の手段としてわが国土に対し、誘導弾等による攻撃が行われた場合、座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨とするところだというふうには、どうしても考えられないと思うのです。そういう場合には、そのような攻撃を防ぐのに万やむを得ない必要最小限度の措置をとること、たとえば誘導弾等による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能であるというべきものと思います。昨年私が答弁したのは、普通の場合、つまり他に防御の手段があるにもかかわらず、侵略国の領域内の基地をたたくことが防御上便宜であるというだけの場合を予想し、そういう場合に安易にその基地を攻撃するのは、自衛の範囲には入らないだろうという趣旨で申したのであります。この点防衛庁長官と答弁に食い違いはないものと思います。
○以上が政府を代表して、総理大臣からの本問題についての答弁でございます。どうぞよろしく御了承をお願いいたしたいと思います。
<引用終わり>
国会答弁なので、いろいろと述べるので、文書にすると長いのだが、肝心な部分は次の部分である。→【誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能であるというべきものと思います。】
答弁当時は、核の投射手段としてICBM(長距離弾道ミサイル)が実用化直前段階にあり、核ミサイルの脅威が想定される時代であった。
当時の政府は、その核ミサイルの発射準備がされている場合、何もせず「座して自滅を待つ」なんてのあり得ないとして、その様な明らかな攻撃意図がある場合はミサイルの着弾を待つのではなく、対応する防衛攻撃は可能だという当たり前の答弁をしたのである。
この時点で想定されたのは「ソ連の核ミサイル」であろうと推定される。
翌年1957年にソ連は人類初となる人工衛星スプートニクを宇宙空間に投入している。
ご存じの通り、人工衛星等の宇宙投入を目的に発射される「飛翔体」を宇宙ロケットと称し、核弾頭の運搬目的に発射される「飛翔体」をICBM・大陸間弾道ミサイルと称されるのである。ソ連のスプートニク衛生を打ち上げたロケットは、ソ連のICBMと同一機体である。
ソ連は、実は我が国の隣国である。北海道を地図で確認すれば、札幌の真西にウラジオストークが位置していることを確認出来るであろう。
ウラジオストークはロシア語でのウラジ・ボストークが元である。
「ボストーク」とは「東」の意味で、「ヴラジ」は「領有・支配する、物件を自由に使う、制御する」を意味する。要するにウラジオストークとは「東方を支配する都市」との意味を持つ、帝政ロシアから続くソ連の極東政策拠点の軍事都市なのである。
やる気満々の都市名を持つ拠点が、札幌から僅か約750km、東京からも1,000kmしか離れていない。
我が国の至近には、核ミサイル発射の策源地が存在しているのである。
空襲や原爆で多数の非戦闘員の女・子供が死傷した記憶が新しい昭和31年2月に於いて、核弾頭を搭載したミサイルが飛んでくる可能性がある現実状態と、占領基本法の憲法9条の非武装・非交戦権規定のネジれ状態では、憲法規定の解釈として、我が国国民が同じ悲劇を迎えることを座して待つとの規定とは理解し得ないとの真っ当な感覚からの答弁となったと推察している。
ところが、誘導弾等の基地をたたくことは自衛権の範囲内だとすることが確定した後も、現実問題として、それを可能とする装備を持つことはなかった。
ウラジオストークは沿岸都市なので、艦隊を進め艦砲射撃でミサイル基地を叩くことは理屈では可能だが、5インチ砲が最大の護衛艦が無傷でウラジオストークまでたどり着けることはなく、また、当時の我が国最強機体であるF-86F戦闘機を爆装させて飛ばしても、いったい何機がたどり着け、発射基地を無力化されるまでの攻撃を実施出来る見込みはない。
その後も、我が国海上自衛隊は、専ら対潜水艦戦闘に特化した護衛艦ばかりであり、爆撃機は保有せず、戦闘機も迎撃専門のF-104、その後のF-4導入時は、野党・社会党等からの国会質疑で「航続距離が長いと近隣国に脅威を与える」として空中給油装置は外され、「専守防衛に爆撃は不要」と爆撃統制装置も外された上で導入された経緯を持つ。
国会答弁から60年、現在は、北朝鮮及び中国が核ミサイルを保有しており、それら核ミサイルの性能からは、特に中国は、容易に我が国全土に核弾頭を投射する体制を整備・維持しているのが現実である。
一方、我が国の「たたける能力」は未だにない。
いくら「自衛権の範囲」との法理上の権利が確定しても、それを実行する手段を持たぬまま現在に至っている。本日只今も同じである。
たった200km程度射程しかない対地ミサイルが我が国が持つ最大射程兵器である。
イージス艦のSM-3は防御用迎撃ミサイルで対地ミサイルではない。
仮に射程200km程度のミサイルで、我が国を狙うミサイル基地を叩くとしたら、どういうことが起こるかと言うと、それらを発射する能力を持つ航空機や潜水艦がミサイル基地の200km以内に近づかないとミサイルが届かないのであるから、近接段階で迎撃してくる相手と戦闘状態に陥るのである。要するに局地紛争が勃発するのである。
核被爆を防ぐ為の戦闘が発生することを許容出来ないとの偏執を言うのならば、残る手は、相互破壊確証戦略に基づく核武装したかない。
この様な状況で我が国は、日米安保による「核の傘」に依拠した相互破壊確証戦略を採用してきた。
日本の平和が保たれたのは日米安保があったからである。
他国の「憲法」に書かれた読めない文字の条文で他国が攻撃を思い止まるとのオカルト話など不要である。
今問題となっているのは、米国の核に依拠する相互破壊確証戦略が今後も機能し続けるのかとの問い掛けである。
さて、何故、我が国は、こんなハンディキャップを背負ったままでいるのであろう?
いったい何が、誰が、我が国の国民の核被爆リスク低減を邪魔しているのか?
我々日本人自身が日本人の生命を軽んじる選択をし続けているのは何故なのだろう?
そんな事を多くの方々が考え始めることが必要だと感じている。
FC2 Blog Ranking


閏年にだけある2月29日との閏日。
グレゴリオ暦では4年に1回だけ登場する。
今からちょうど60年前の1956年も閏年であった。
その年の2月29日の国会で「誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まる」との【策源地への防衛攻撃は可能】との答弁がなされている。
1956年は昭和31年。終戦後10年しか経っておらず、現行憲法公布後9年、占領期脱してから4年未満の時点である。
還暦を迎えた【策源地への防衛攻撃は可能】の答弁が記載されている国会議事録を以下に紹介する。
昭和31年2月29日・第24回国会内閣委員会・鳩山一郎総理大臣答弁(代読)
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/024/0388/02402290388015a.html
<引用開始>
船田国務大臣:石橋委員の御質問に対しまして、十分総理大臣と話し合いをいたしまして、政府を代表して総理大臣から答弁申し上げることでございますが、ただいま委員長から御報告のありましたような事情でございますので、その答弁の要旨をここに私から申し上げます。
○わが国に対して急迫不正の侵害が行われ、その侵害の手段としてわが国土に対し、誘導弾等による攻撃が行われた場合、座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨とするところだというふうには、どうしても考えられないと思うのです。そういう場合には、そのような攻撃を防ぐのに万やむを得ない必要最小限度の措置をとること、たとえば誘導弾等による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能であるというべきものと思います。昨年私が答弁したのは、普通の場合、つまり他に防御の手段があるにもかかわらず、侵略国の領域内の基地をたたくことが防御上便宜であるというだけの場合を予想し、そういう場合に安易にその基地を攻撃するのは、自衛の範囲には入らないだろうという趣旨で申したのであります。この点防衛庁長官と答弁に食い違いはないものと思います。
○以上が政府を代表して、総理大臣からの本問題についての答弁でございます。どうぞよろしく御了承をお願いいたしたいと思います。
<引用終わり>
国会答弁なので、いろいろと述べるので、文書にすると長いのだが、肝心な部分は次の部分である。→【誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能であるというべきものと思います。】
答弁当時は、核の投射手段としてICBM(長距離弾道ミサイル)が実用化直前段階にあり、核ミサイルの脅威が想定される時代であった。
当時の政府は、その核ミサイルの発射準備がされている場合、何もせず「座して自滅を待つ」なんてのあり得ないとして、その様な明らかな攻撃意図がある場合はミサイルの着弾を待つのではなく、対応する防衛攻撃は可能だという当たり前の答弁をしたのである。
この時点で想定されたのは「ソ連の核ミサイル」であろうと推定される。
翌年1957年にソ連は人類初となる人工衛星スプートニクを宇宙空間に投入している。
ご存じの通り、人工衛星等の宇宙投入を目的に発射される「飛翔体」を宇宙ロケットと称し、核弾頭の運搬目的に発射される「飛翔体」をICBM・大陸間弾道ミサイルと称されるのである。ソ連のスプートニク衛生を打ち上げたロケットは、ソ連のICBMと同一機体である。
ソ連は、実は我が国の隣国である。北海道を地図で確認すれば、札幌の真西にウラジオストークが位置していることを確認出来るであろう。
ウラジオストークはロシア語でのウラジ・ボストークが元である。
「ボストーク」とは「東」の意味で、「ヴラジ」は「領有・支配する、物件を自由に使う、制御する」を意味する。要するにウラジオストークとは「東方を支配する都市」との意味を持つ、帝政ロシアから続くソ連の極東政策拠点の軍事都市なのである。
やる気満々の都市名を持つ拠点が、札幌から僅か約750km、東京からも1,000kmしか離れていない。
我が国の至近には、核ミサイル発射の策源地が存在しているのである。
空襲や原爆で多数の非戦闘員の女・子供が死傷した記憶が新しい昭和31年2月に於いて、核弾頭を搭載したミサイルが飛んでくる可能性がある現実状態と、占領基本法の憲法9条の非武装・非交戦権規定のネジれ状態では、憲法規定の解釈として、我が国国民が同じ悲劇を迎えることを座して待つとの規定とは理解し得ないとの真っ当な感覚からの答弁となったと推察している。
ところが、誘導弾等の基地をたたくことは自衛権の範囲内だとすることが確定した後も、現実問題として、それを可能とする装備を持つことはなかった。
ウラジオストークは沿岸都市なので、艦隊を進め艦砲射撃でミサイル基地を叩くことは理屈では可能だが、5インチ砲が最大の護衛艦が無傷でウラジオストークまでたどり着けることはなく、また、当時の我が国最強機体であるF-86F戦闘機を爆装させて飛ばしても、いったい何機がたどり着け、発射基地を無力化されるまでの攻撃を実施出来る見込みはない。
その後も、我が国海上自衛隊は、専ら対潜水艦戦闘に特化した護衛艦ばかりであり、爆撃機は保有せず、戦闘機も迎撃専門のF-104、その後のF-4導入時は、野党・社会党等からの国会質疑で「航続距離が長いと近隣国に脅威を与える」として空中給油装置は外され、「専守防衛に爆撃は不要」と爆撃統制装置も外された上で導入された経緯を持つ。
国会答弁から60年、現在は、北朝鮮及び中国が核ミサイルを保有しており、それら核ミサイルの性能からは、特に中国は、容易に我が国全土に核弾頭を投射する体制を整備・維持しているのが現実である。
一方、我が国の「たたける能力」は未だにない。
いくら「自衛権の範囲」との法理上の権利が確定しても、それを実行する手段を持たぬまま現在に至っている。本日只今も同じである。
たった200km程度射程しかない対地ミサイルが我が国が持つ最大射程兵器である。
イージス艦のSM-3は防御用迎撃ミサイルで対地ミサイルではない。
仮に射程200km程度のミサイルで、我が国を狙うミサイル基地を叩くとしたら、どういうことが起こるかと言うと、それらを発射する能力を持つ航空機や潜水艦がミサイル基地の200km以内に近づかないとミサイルが届かないのであるから、近接段階で迎撃してくる相手と戦闘状態に陥るのである。要するに局地紛争が勃発するのである。
核被爆を防ぐ為の戦闘が発生することを許容出来ないとの偏執を言うのならば、残る手は、相互破壊確証戦略に基づく核武装したかない。
この様な状況で我が国は、日米安保による「核の傘」に依拠した相互破壊確証戦略を採用してきた。
日本の平和が保たれたのは日米安保があったからである。
他国の「憲法」に書かれた読めない文字の条文で他国が攻撃を思い止まるとのオカルト話など不要である。
今問題となっているのは、米国の核に依拠する相互破壊確証戦略が今後も機能し続けるのかとの問い掛けである。
さて、何故、我が国は、こんなハンディキャップを背負ったままでいるのであろう?
いったい何が、誰が、我が国の国民の核被爆リスク低減を邪魔しているのか?
我々日本人自身が日本人の生命を軽んじる選択をし続けているのは何故なのだろう?
そんな事を多くの方々が考え始めることが必要だと感じている。



スポンサーサイト