朝日新聞・終戦の日の社説でまたもや絵空事・まるで中国の代弁者
- 2022/08/16
- 22:54
朝日新聞・終戦の日の社説でまたもや絵空事・まるで中国の代弁者
副題:核武装している主権国家に侵攻・武力恫喝を止めさせる具体的方法を朝日は言いたくないので、社説の結論が「話し合いしかない」との相変わらずの陳腐な物言いになっている。
毎年8月15日になると戦後日本の歴史の歩みの総てを無視し、敗戦後に設定された日本悪玉論一色の言説がメディアで流布される。
終戦から既に77年が経過し、国民の8割が戦後生まれであり、先の大戦には何等の関わりがない国民が大半である(*1)にも関わらず、未だに「日本が悪い」との社説を朝日新聞は書き続けており(*2)、まだ生まれていない我々の孫子の世代に対しても無意味な謝罪を続けさせるかの様な事を朝日新聞は言っているのである。もういい加減にしていただきたい。
今年の社説は、以前からの「平和が大事」「日本は戦争を引き起こした」「日本人は反省しろ」との基本構造は変わらぬものの、2022年8月15日現在、ロシアのウクライナ侵攻と中国の台湾への軍事恫喝などが実際に起こっており、「戦争を引き起こすのは日本」との毎度の論調に説得力がない状態なので、今年の朝日の終戦の日の社説はちょっとしたヒネリが加えられている。
前面に押し出されているのは「平和憲法」「不戦の思想」との憲法9条教の御馴染のスローガンである。
↓
<抜粋引用開始>
日本が平和憲法のもとで培ってきた不戦の思想を説くべき時だ。大戦後の国際秩序が揺れる今、力が支配する世界に逆戻りさせない道筋を真剣に探らねばならない。
<引用終わり>
お読みいただければ分かる通り、相変わらず具体性がなく、ただ単にスローガンを述べているだけである。
もう1つのヒネリとしては、接頭語としてウクライナに侵攻しているロシアに対しては「国際法を無視したロシアの暴挙は許しがたい」とかの当たり前のことが書いてあり、それに続き朝日の本音が書かれている。
一方、中国に対しての直接的な批判表記は見当たらないのが実に朝日的である。
↓
<抜粋引用開始>
だが、それに対抗して「民主主義と専制主義の闘い」と色分けに走るのも危うい。世界を二分するだけでなく、民主主義の個々の内情から目をそらす恐れもあるからだ。(中略)どの国でも時の政権と世論が一方向に偏り、暴走してしまう恐れは免れない。肝要なのは、戦争が招く結果を見失わぬよう自由で多様な論議を保障する民主主義の健全さである。(中略)「正義にかなった国際社会は実現しうる」との構想を示した。それを担うのは国家よりも「民衆(ピープル)」だとしている。一定の良識や秩序があれば、国を超えた人間集団同士で「重なり合う合意」は成り立つとの信念がある。21世紀の今も、国々や地域の世界観や文化はまちまちだ。だが、中心も大きさも異なる多くの円でも、重なる部分は見つけうる。その共有領域を国際規範とする考え方である。
<引用終わり>
朝日が社説で言っていることは、ロシアや中国がやっていることを止めさせる話ではなく、自由民主主義国側が自重・努力せよという主客逆転した話である。
ウクライナへの侵攻・台湾への武力恫喝をしている側が「良識」や「秩序」を以て止めればよい話であるにも関わらず、「良識」や「秩序」を発揮すべきなのは日本を含めた自由民主主義国側であるという実に奇妙な朝日新聞的論調になっているものである。
朝日的には、中国共産党が支配する中華人民共和国が共産党独裁国家であり中国人民が中国共産党とは異なる政治的意見を持つことが出来ないことはスルーしており、見ない様にしている。
そして、あたかも中国でも各人が自由に意見を言えて行動できるが如き誤解を誘導する為に「国を超えた人間集団同士で「重なり合う合意」は成り立つ」なる一文を入れ込んでいる。社説を書いている朝日新聞の人間はチベットやウイグルのことを知らない訳はあるまい。そうであるにも関わらずこんな一文を入れ込んでいるには実に醜悪である。
結論から先に書くと、相変わらずの「話し合え」だけである。
話し合っても合意出来ない事項、合意不可能な事態が世の中には多々存在している。
だからこそ民事裁判というものが存在しており、両者の言い分を聞き判決されるのである。
民事裁判の場合は、国家主権のうちの1つである統治権のうちの司法権の行使である。
国際取引の場合、契約で裁判をする場合は何処の国で行うのか明示することが常識になっているので、争いが生じてから裁判を何処の国で行うのかとの泥沼になることはない。
日本的な「誠意を以て解決する」は通用しないのである。
一方、主権には自国に対する統治権とは別に、主権国家間の対外的主権があり、主権国家は自分の意によらずに何処の誰からも強制されることはない。
二国間や多国間の条約に拘束されるのは、その条約に主権国家が合意したからであり、合意なき条約に主権国家は拘束されない。
今回のテーマはロシアのウクライナ侵攻と中国の台湾への武力恫喝が行われている最中の「平和の構築」である。
つまり、誰からも強制されない主権国家のロシアと中国が「話し合い」で侵攻をやめる・武力恫喝を止めると自主的に判断することを朝日新聞社説は説いているのである。
まったくに非現実的で実効性に欠ける「結論」である。
朝日の社説から当該部分を抜粋引用する。
↓
<抜粋引用開始>
まずは細い糸でつなぐ対話の努力が必要だ。ウクライナや台湾をめぐるロシアと中国の強権的な態度も、地道な外交努力でほぐし、落着点を探るしかない。
<引用終わり>
ここでも外交努力・対話努力をするのは自由民主主義国側となっているものである。
朝日の価値観には常々違和感を持っているのだが、今回も違和感爆発の社説であることが分かっていただけたと思う。
朝日新聞の社説を読む度に想起されるのは「知の退廃」という語句であることを最後に記して今回は以上としたい。
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【文末脚注】
(*1):終戦から既に77年が経過し、国民の8割が戦後生まれであり、先の大戦には何等の関わりがない国民が大半である。
↓
2021/08/11投稿:
戦後76年の我が国の歩みの一切を無視する8月・「戦後体制」はもう要らない
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-1544.html
【ご参考:2015年の戦後70周年安倍談話】
首相官邸HP 平成27年8月14日
内閣総理大臣談話
https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/10992693/www.kantei.go.jp/jp/97_abe/discource/20150814danwa.html
(*2):未だに「日本が悪い」との社説を朝日新聞は書き続けている。
↓
朝日新聞デジタル 2022年8月15日 5時00分
見出し:◆(社説)戦後77年と世界 平和の合意点を探る時だ
https://www.asahi.com/articles/DA3S15387480.html
記事:○欧州で侵略戦争が続く一方、台湾海峡で力の対抗が深まる。世界を暗雲が覆うなか、日本が戦争で敗れた日を迎えた。
○77年を経た今も、記憶の残像は濃い。空襲で逃げ惑う恐怖、家も街も焼け落ちた絶望、肉親を失う悲しみ……。
○往時の体験を、ウクライナから伝わる惨状に重ね合わせる声は多い。戦争を憎み、苦しむ人びとに思いを寄せるのは、ごく自然な感情であろう。
○ただ一方で、忘れてはならぬ歴史の現実がある。勢力圏の拡張を夢見て近隣国に攻め入り、孤立し、破局に至った日本の過去は、今のロシアにこそ重なる部分が大きい。
○あの過ちから再起した国民として、世界に訴えるべき原則がある。国家の名の下に人間の命と暮らしを顧みない施策はどんな時も誤りである、と。
○日本が平和憲法のもとで培ってきた不戦の思想を説くべき時だ。大戦後の国際秩序が揺れる今、力が支配する世界に逆戻りさせない道筋を真剣に探らねばならない。
小見出し:■二分思考の危うさ
○ロシアと中国の動きは、過去に喪失した地域の「支配」を力で回復する試みに見える。とりわけ国際法を無視したロシアの暴挙は許しがたい。
○だが、それに対抗して「民主主義と専制主義の闘い」と色分けに走るのも危うい。世界を二分するだけでなく、民主主義の個々の内情から目をそらす恐れもあるからだ。
○ロシアも形式上は普通選挙と三権分立の民主体制だが、大統領が独裁色を強めた結果の開戦だった。それを非難する米国も、誤ったイラク戦争で膨大な人命を奪った記憶が新しい。
○どの国でも時の政権と世論が一方向に偏り、暴走してしまう恐れは免れない。肝要なのは、戦争が招く結果を見失わぬよう自由で多様な論議を保障する民主主義の健全さである。
○民主政治と戦争との危うい関係は、古代ギリシャの歴史家ツキジデスの「戦史」から読み取れる。アテネの民主政は高く評価されることが多い半面、弱肉強食や拡張主義、理念のためには命を捨てる考えとも結びついていた。民会を主戦論が制した末、アテネは遠征に踏み出して敗れ、衰退の途をたどった。
○そのギリシャの「戦史」をひもとき、「宿命的な自己破壊のストーリー」と評したのは米国人ジョン・ロールズである。20世紀を代表する政治哲学者の一人で、今年没後20年になる。
○米兵だったロールズは77年前の8月15日をフィリピンで迎えた。倫理学者の川本隆史氏によると、ロールズは戦地で原爆攻撃を聞き、それが真に正当だったのか、疑念にさいなまれた。占領軍の一員として来日した後、列車の窓から広島の焦土を目撃した、という。
小見出し:■規範の共有をめざせ
○ロールズは晩年の著書「万民の法」で、「正義にかなった国際社会は実現しうる」との構想を示した。それを担うのは国家よりも「民衆(ピープル)」だとしている。一定の良識や秩序があれば、国を超えた人間集団同士で「重なり合う合意」は成り立つとの信念がある。
○21世紀の今も、国々や地域の世界観や文化はまちまちだ。だが、中心も大きさも異なる多くの円でも、重なる部分は見つけうる。その共有領域を国際規範とする考え方である。
○例えば戦争については、民間人をねらう攻撃は不正義とし、原爆のような「巨悪」は許されないことになる。
○ロールズの論旨にはさまざまな解釈があるが、多様な社会の民衆がどう共存できるかという思考は、無極化時代と言われる今こそ必要な営みであろう。
○戦争で犠牲になるのは結局、ふつうの市井の人たちだ。戦争になってしまえば、個人の生命も自由も、民主的なプロセスも、顧みられなくなる。
○「自己破壊のストーリー」を避けるにはどうするか。大国が自国第一に傾く今、共有する合意点を広げるために、日本や中小の国々は結束を強めたい。そして、紛争の芽を摘む予防外交の強化が必要だろう。
○円の重なりをすぐに見いだしにくい国同士でも、まずは細い糸でつなぐ対話の努力が必要だ。ウクライナや台湾をめぐるロシアと中国の強権的な態度も、地道な外交努力でほぐし、落着点を探るしかない。
小見出し:■民主主義の点検を
○今世紀に入り、民衆の力がリードする分野は広がっている。核兵器禁止や気候変動など、市民と専門家の協働がルールづくりを加速させてきた。そうした良識ある民衆の連帯を、さらに拡大していくべきだ。
○そのためにも、改めて確認しておきたい。社会の平和と安定を保つのは、多様な個々人の共生を保障するしくみである。
○今の社会は、言論や思想の自由を本当に守っているか。政治は、個々の市民の幸福を最優先しているか。足元の民主主義を絶えず点検することが、平和の合意点を広げる一歩となろう。
<引用終わり>
【ご参考】
2021/12/11 投稿:
開戦の詔勅を教えないGHQ史観を「正義」だとする朝日新聞記事
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-1600.html
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副題:核武装している主権国家に侵攻・武力恫喝を止めさせる具体的方法を朝日は言いたくないので、社説の結論が「話し合いしかない」との相変わらずの陳腐な物言いになっている。
8月15日終戦の日に流れる反日偏向メディアのあの論調
毎年8月15日になると戦後日本の歴史の歩みの総てを無視し、敗戦後に設定された日本悪玉論一色の言説がメディアで流布される。
終戦から既に77年が経過し、国民の8割が戦後生まれであり、先の大戦には何等の関わりがない国民が大半である(*1)にも関わらず、未だに「日本が悪い」との社説を朝日新聞は書き続けており(*2)、まだ生まれていない我々の孫子の世代に対しても無意味な謝罪を続けさせるかの様な事を朝日新聞は言っているのである。もういい加減にしていただきたい。
今年の社説は、以前からの「平和が大事」「日本は戦争を引き起こした」「日本人は反省しろ」との基本構造は変わらぬものの、2022年8月15日現在、ロシアのウクライナ侵攻と中国の台湾への軍事恫喝などが実際に起こっており、「戦争を引き起こすのは日本」との毎度の論調に説得力がない状態なので、今年の朝日の終戦の日の社説はちょっとしたヒネリが加えられている。
前面に押し出されているのは「平和憲法」「不戦の思想」との憲法9条教の御馴染のスローガンである。
↓
<抜粋引用開始>
日本が平和憲法のもとで培ってきた不戦の思想を説くべき時だ。大戦後の国際秩序が揺れる今、力が支配する世界に逆戻りさせない道筋を真剣に探らねばならない。
<引用終わり>
お読みいただければ分かる通り、相変わらず具体性がなく、ただ単にスローガンを述べているだけである。
もう1つのヒネリとしては、接頭語としてウクライナに侵攻しているロシアに対しては「国際法を無視したロシアの暴挙は許しがたい」とかの当たり前のことが書いてあり、それに続き朝日の本音が書かれている。
一方、中国に対しての直接的な批判表記は見当たらないのが実に朝日的である。
↓
<抜粋引用開始>
だが、それに対抗して「民主主義と専制主義の闘い」と色分けに走るのも危うい。世界を二分するだけでなく、民主主義の個々の内情から目をそらす恐れもあるからだ。(中略)どの国でも時の政権と世論が一方向に偏り、暴走してしまう恐れは免れない。肝要なのは、戦争が招く結果を見失わぬよう自由で多様な論議を保障する民主主義の健全さである。(中略)「正義にかなった国際社会は実現しうる」との構想を示した。それを担うのは国家よりも「民衆(ピープル)」だとしている。一定の良識や秩序があれば、国を超えた人間集団同士で「重なり合う合意」は成り立つとの信念がある。21世紀の今も、国々や地域の世界観や文化はまちまちだ。だが、中心も大きさも異なる多くの円でも、重なる部分は見つけうる。その共有領域を国際規範とする考え方である。
<引用終わり>
朝日が社説で言っていることは、ロシアや中国がやっていることを止めさせる話ではなく、自由民主主義国側が自重・努力せよという主客逆転した話である。
ウクライナへの侵攻・台湾への武力恫喝をしている側が「良識」や「秩序」を以て止めればよい話であるにも関わらず、「良識」や「秩序」を発揮すべきなのは日本を含めた自由民主主義国側であるという実に奇妙な朝日新聞的論調になっているものである。
朝日的には、中国共産党が支配する中華人民共和国が共産党独裁国家であり中国人民が中国共産党とは異なる政治的意見を持つことが出来ないことはスルーしており、見ない様にしている。
そして、あたかも中国でも各人が自由に意見を言えて行動できるが如き誤解を誘導する為に「国を超えた人間集団同士で「重なり合う合意」は成り立つ」なる一文を入れ込んでいる。社説を書いている朝日新聞の人間はチベットやウイグルのことを知らない訳はあるまい。そうであるにも関わらずこんな一文を入れ込んでいるには実に醜悪である。
ロシアの侵攻・中国の武力恫喝を止めさせる具体策は何?
結論から先に書くと、相変わらずの「話し合え」だけである。
話し合っても合意出来ない事項、合意不可能な事態が世の中には多々存在している。
だからこそ民事裁判というものが存在しており、両者の言い分を聞き判決されるのである。
民事裁判の場合は、国家主権のうちの1つである統治権のうちの司法権の行使である。
国際取引の場合、契約で裁判をする場合は何処の国で行うのか明示することが常識になっているので、争いが生じてから裁判を何処の国で行うのかとの泥沼になることはない。
日本的な「誠意を以て解決する」は通用しないのである。
一方、主権には自国に対する統治権とは別に、主権国家間の対外的主権があり、主権国家は自分の意によらずに何処の誰からも強制されることはない。
二国間や多国間の条約に拘束されるのは、その条約に主権国家が合意したからであり、合意なき条約に主権国家は拘束されない。
今回のテーマはロシアのウクライナ侵攻と中国の台湾への武力恫喝が行われている最中の「平和の構築」である。
つまり、誰からも強制されない主権国家のロシアと中国が「話し合い」で侵攻をやめる・武力恫喝を止めると自主的に判断することを朝日新聞社説は説いているのである。
まったくに非現実的で実効性に欠ける「結論」である。
朝日の社説から当該部分を抜粋引用する。
↓
<抜粋引用開始>
まずは細い糸でつなぐ対話の努力が必要だ。ウクライナや台湾をめぐるロシアと中国の強権的な態度も、地道な外交努力でほぐし、落着点を探るしかない。
<引用終わり>
ここでも外交努力・対話努力をするのは自由民主主義国側となっているものである。
朝日の価値観には常々違和感を持っているのだが、今回も違和感爆発の社説であることが分かっていただけたと思う。
朝日新聞の社説を読む度に想起されるのは「知の退廃」という語句であることを最後に記して今回は以上としたい。
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【文末脚注】
(*1):終戦から既に77年が経過し、国民の8割が戦後生まれであり、先の大戦には何等の関わりがない国民が大半である。
↓
2021/08/11投稿:
戦後76年の我が国の歩みの一切を無視する8月・「戦後体制」はもう要らない
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-1544.html
【ご参考:2015年の戦後70周年安倍談話】
首相官邸HP 平成27年8月14日
内閣総理大臣談話
https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/10992693/www.kantei.go.jp/jp/97_abe/discource/20150814danwa.html
(*2):未だに「日本が悪い」との社説を朝日新聞は書き続けている。
↓
朝日新聞デジタル 2022年8月15日 5時00分
見出し:◆(社説)戦後77年と世界 平和の合意点を探る時だ
https://www.asahi.com/articles/DA3S15387480.html
記事:○欧州で侵略戦争が続く一方、台湾海峡で力の対抗が深まる。世界を暗雲が覆うなか、日本が戦争で敗れた日を迎えた。
○77年を経た今も、記憶の残像は濃い。空襲で逃げ惑う恐怖、家も街も焼け落ちた絶望、肉親を失う悲しみ……。
○往時の体験を、ウクライナから伝わる惨状に重ね合わせる声は多い。戦争を憎み、苦しむ人びとに思いを寄せるのは、ごく自然な感情であろう。
○ただ一方で、忘れてはならぬ歴史の現実がある。勢力圏の拡張を夢見て近隣国に攻め入り、孤立し、破局に至った日本の過去は、今のロシアにこそ重なる部分が大きい。
○あの過ちから再起した国民として、世界に訴えるべき原則がある。国家の名の下に人間の命と暮らしを顧みない施策はどんな時も誤りである、と。
○日本が平和憲法のもとで培ってきた不戦の思想を説くべき時だ。大戦後の国際秩序が揺れる今、力が支配する世界に逆戻りさせない道筋を真剣に探らねばならない。
小見出し:■二分思考の危うさ
○ロシアと中国の動きは、過去に喪失した地域の「支配」を力で回復する試みに見える。とりわけ国際法を無視したロシアの暴挙は許しがたい。
○だが、それに対抗して「民主主義と専制主義の闘い」と色分けに走るのも危うい。世界を二分するだけでなく、民主主義の個々の内情から目をそらす恐れもあるからだ。
○ロシアも形式上は普通選挙と三権分立の民主体制だが、大統領が独裁色を強めた結果の開戦だった。それを非難する米国も、誤ったイラク戦争で膨大な人命を奪った記憶が新しい。
○どの国でも時の政権と世論が一方向に偏り、暴走してしまう恐れは免れない。肝要なのは、戦争が招く結果を見失わぬよう自由で多様な論議を保障する民主主義の健全さである。
○民主政治と戦争との危うい関係は、古代ギリシャの歴史家ツキジデスの「戦史」から読み取れる。アテネの民主政は高く評価されることが多い半面、弱肉強食や拡張主義、理念のためには命を捨てる考えとも結びついていた。民会を主戦論が制した末、アテネは遠征に踏み出して敗れ、衰退の途をたどった。
○そのギリシャの「戦史」をひもとき、「宿命的な自己破壊のストーリー」と評したのは米国人ジョン・ロールズである。20世紀を代表する政治哲学者の一人で、今年没後20年になる。
○米兵だったロールズは77年前の8月15日をフィリピンで迎えた。倫理学者の川本隆史氏によると、ロールズは戦地で原爆攻撃を聞き、それが真に正当だったのか、疑念にさいなまれた。占領軍の一員として来日した後、列車の窓から広島の焦土を目撃した、という。
小見出し:■規範の共有をめざせ
○ロールズは晩年の著書「万民の法」で、「正義にかなった国際社会は実現しうる」との構想を示した。それを担うのは国家よりも「民衆(ピープル)」だとしている。一定の良識や秩序があれば、国を超えた人間集団同士で「重なり合う合意」は成り立つとの信念がある。
○21世紀の今も、国々や地域の世界観や文化はまちまちだ。だが、中心も大きさも異なる多くの円でも、重なる部分は見つけうる。その共有領域を国際規範とする考え方である。
○例えば戦争については、民間人をねらう攻撃は不正義とし、原爆のような「巨悪」は許されないことになる。
○ロールズの論旨にはさまざまな解釈があるが、多様な社会の民衆がどう共存できるかという思考は、無極化時代と言われる今こそ必要な営みであろう。
○戦争で犠牲になるのは結局、ふつうの市井の人たちだ。戦争になってしまえば、個人の生命も自由も、民主的なプロセスも、顧みられなくなる。
○「自己破壊のストーリー」を避けるにはどうするか。大国が自国第一に傾く今、共有する合意点を広げるために、日本や中小の国々は結束を強めたい。そして、紛争の芽を摘む予防外交の強化が必要だろう。
○円の重なりをすぐに見いだしにくい国同士でも、まずは細い糸でつなぐ対話の努力が必要だ。ウクライナや台湾をめぐるロシアと中国の強権的な態度も、地道な外交努力でほぐし、落着点を探るしかない。
小見出し:■民主主義の点検を
○今世紀に入り、民衆の力がリードする分野は広がっている。核兵器禁止や気候変動など、市民と専門家の協働がルールづくりを加速させてきた。そうした良識ある民衆の連帯を、さらに拡大していくべきだ。
○そのためにも、改めて確認しておきたい。社会の平和と安定を保つのは、多様な個々人の共生を保障するしくみである。
○今の社会は、言論や思想の自由を本当に守っているか。政治は、個々の市民の幸福を最優先しているか。足元の民主主義を絶えず点検することが、平和の合意点を広げる一歩となろう。
<引用終わり>
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2021/12/11 投稿:
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