香港国家安全維持法 条文の中身を見る(後編)Final
- 2020/07/13
- 20:04
香港国家安全維持法 条文の中身を見る(後編)Final
副題:国際法を無視する中国共産党が統治する中国が法治主義の真似ごと遊び。他国主権下の国民を自国領外であっても中国の法律を以て逮捕するとの支離滅裂。
前回「中編」から続き香港国家安全維持法の条文の中身を見ていく。
本件の以前の論考は文末脚注の(*1)でリンクを貼ってあるので、ご興味があればアクセス願いたい。
今回は、前回「中編」で述べた「他の条文の規定で有名無実化される仕組み」について述べていくが、そのポイントは、香港民主化の言論やデモの企画者・参加者を逮捕する側、裁く側である香港特別行政区の行政組織・人員が、どの様な規定下に置かれているのかを条文から見ていくことにある。
香港国家安全維持法のうち半分は香港の行政組織に関する規定となっている。
該当条文は、「第2章・香港特別行政区の国家安全を維持する職責と機構」、「第4章・案件の管轄、法の適用及び手続」、「第5章・中央人民政府駐香港特別行政区国家安全維持機構」の各条文及び「第6章・附則」のうちの幾つかの条文である。
「第2章・香港特別行政区の国家安全を維持する職責と機構」には2つの節がある。
「第1節・職責(第7条~第11条)」と「第2節・機構(第12条~第19条)」である。
第1節・職責の5つの条文のうち「香港特別行政区は」で始まる条文が3つ(第7条、第9条、第10条)、「香港特別行政区の法執行機関及び司法機関は」で始まる条文が1つ(第8条)、「香港特別行政区行政長官は」で始まる条文が1つ(第11条)である。
「香港特別行政区」の職責として3つの条文で書かれている事は、①「国家安全維持に関する法律を早急に立法せよ」(第7条)、②「国家安全維持・テロ活動防止努力を強化せよ、その為に学校、社会団体、メディア、インターネット等に対する広報、指導、監督、管理を強化せよ」(第9条)、③「学校、社会団体、メディア、インターネット等を通じて香港人に対して国家安全教育を推進せよ」である。
ここに登場する「香港特別行政区は」という語句は「日本国は」と同じ意味であり、「香港の全部の公的組織の責務」いう意味だ。
①では、香港の立法府は香港国安法に則った下位法令を作れと言っており、②&③では香港の行政府は「学校、社会団体、メディア、インターネット等」の人々がコミュニケートする総ての空間で言論統制を強め、人々を「中国共産党バンザイ」で洗脳せよと言っているものだ。
独裁者中国共産党の本性丸出しの条文である事が分かるであろう。
次の「香港特別行政区の法執行機関及び司法機関」とは、ぶっちゃければ「香港警察」と「香港の裁判所」の事だと理解してよい。
これらの司法機関の責務として、第8条では「国家の安全を脅かす行為や活動を予防、取締、処罰」して「国家の安全を効果的に維持しなければならない」と書いてあり、香港の警察や裁判所は香港国安法に基づいて執行しなければならないとする条文だ。
最後の「香港特別行政区行政長官」とは、香港のトップ(行政長官=特区首長)のことである。
第11条では「中央人民政府に対して責任を負い」とあり「国家安全を維持するための職責を履行しているかどうかの年次報告書を提出しなければならない」とある。
この記述を読んで、最初に想起されたのは、朝貢・冊封とのSinic文明圏の伝統的構造である。まったく変わっていないではないか。
どうやら、それがこの法律の本質ではないかと見ている。
「第2節・機構」(第12条~第19条)との表題からは香港特別行政区の行政他組織についての規定が書かれていると思うのが普通なのだが、この節で言っていることはそういう一般的な事ではなく、統制組織の新設と「国家安全維持」との名目での新たな職責が書かれているものである。
第12条から第15条は、統制の為の新組織「国家安全維持委員会」の設置義務と新組織の職責等が書かれている。
同様、第16条は香港警察内に新たに「国家安全維持のための部門」を設置することが書かれており、第17条では、その新設部門の職責がかかれている。
また、第18条には香港の法務省に「国家安全犯罪案件検察部門」を新設する旨とその職責が書かれており、第19条には香港の財務省の職責に関する規定が書かれている。
「国家安全維持委員会」の構成員は第13条によれば行政長官を委員長に、主要閣僚と「国家安全維持部門の責任者、入境事務処処長、海関関長、行政長官事務室主任」等の実務責任者を以て構成すると書かれている。
どうやら、この組織は香港全体に対する治安責任を果たす組織であることが分かる。
ところが、「第2節」は「機構」の条文群であるはずなのだが、続く第14条は「国家安全維持委員会の職責」という第1節に分類すべき条項が書かれている。
杜撰な条文構成だと思う。
統制の為の新組織「国家安全維持委員会」関係の条文で一番気になったのは第15条である。
参考の為に、その全文を以下に引用する。
↓
<第15条・引用開始>
香港特別行政区国家安全維持委員会は、中央人民政府が指定した国家安全事務顧問を設置し、香港特別行政区国家安全維持委員会の事務の履行に関する事項について意見を提供する。 国家安全事務顧問は、香港特別行政区国家安全維持委員会の会議に出席しなければならない。
<引用終わり>
第15条は、「国家安全事務顧問」なる新設ポジションに関する規定である。
このそのポジションは「中央人民政府が指定」すると書いてある。
共産主義国の組織を少しは知っている方ならお分かりの事とおもうが、共産党が党外既存組織をコントロールする政治委員派遣の手法そのものである。「ソ連式政治委員方式」と称している手法である。(*2)
既存組織の決定に対してYes/Noを言う最終決定権限を持っている共産党からの派遣者の存在により、既存組織の方向性・行動を共産党中央が制御する仕組みである。
第16条には「香港特別行政区警務処は、法執行能力を備える国家安全維持のための部門を設置する。」と書かれている。
次の第17条で、その新部門の職責が書かれているので、その内容からは中国本土の「公安部」とか「国家安全部」の様な組織機能を持つものと類推される。
中国本土の公安部は「政治犯に対して予防拘禁を行う権利」があるそうで、自由民主主義国に於ける警察とは違う運用をしている組織であると言える。
香港に新設される公安部・国家安全部は、完全に中国本土の中国共産党によって統制・運営される組織である。
この様に言い切れるのは、以下の様に条文に書かれているからである。
<第16条から抜粋引用>
警務処国家安全維持部門の責任者は行政長官が任命し、行政長官は任命の前に本法第48条の規定する機構の意見を書面で求めなければならない。(後略)
【第48条を引用開始】
中央人民政府は、香港特別行政区に国家安全維持安全公署を設置する。(後略)
<引用終わり>
中国は自身の組織である「国家安全維持安全公署」を香港に設置するから、香港警察に新たに設置する公安組織のトップ人事を決める際には、中国の「国家安全維持安全公署」にお伺いを立てなさいよ、というものだ。
中国本土の中国共産党の御眼鏡にかなった人物によって統制・運営されるという構図だ。
中編で指摘した様に、香港国家安全維持法の中には国際社会からの批判を避ける事を目的にしたアリバイ条文が散見されるが、ここまで見てきた様に、新組織「国家安全維持委員会」やら「香港警察に新たに設置する公安組織」などは、中国共産党の統制・管理下に置かれるとの仕組みがあり、アリバイ条文は結局は有名無実化されるのである。
「第2章・香港特別行政区の国家安全を維持する職責と機構」の「第2節・機構」の最後の2つの条文のうち、第18条は香港の法務省(香港特別行政区律政司)に関する規定であり、第19条は香港の財務大臣(香港特別行政区政府の財政司長)に対する規定である。
第18条は、前述の香港警察内に中国公安部と類似する組織の新設条項と同様のもので、香港法務省内に「国家安全犯罪案件検察部門」を新設せよの条文である。
同条文によれば、新検察部門は「国家安全維持に対する犯罪案件の刑事告訴業務及びその他関連する法律事務の責任を負う」とあり、その新部門の検察官の任命には中国本土の統制下にある「国家安全維持委員会の同意を得る」ことが条件となっている。
また、検察官のトップである「律政司検察課の責任者」の人事は、上記第48条にある中国の「香港総督府」である「国家安全維持安全公署」の同意が必要であるとなっているのである。
これらは香港警察の新公安部への統制と同じ建て付けであり、警察→検察→裁判所(第8条、第41条)との一気通貫で中国共産党のご意向に背けない組織体制・組織人事になっていることが分かるものである。
次に第2章の最後の条文・第19条である。
サブタイトルにある様に、「国安関係費用は香港の一般財政で賄え」との条文である。
↓
<引用開始>
第19条:香港特別行政区政府の財政司長は、行政長官の承認を得て、国家安全のための支出と審査・許可に関わる人員編成に関して一般収入から専門の予算を割り振らなければならない。これは香港特別行政区で施行されている関連の法律規定によって制限されない。 財政司長は、該当支出の管理運営に関する年次報告書を立法会に提出することが義務付けられている。
<引用終わり>
注目いただきたいポイントは、先ず「国家安全のための支出と審査・許可に関わる人員編成に関して一般収入から専門の予算を割り振らなければならない。」との部分である。
これは「ちゃんと予算をつけろ」「費用は香港の一般収入だから(中国政府は金を出さないから)」というものだ。
次に「香港特別行政区で施行されている関連の法律規定によって制限されない。」とある様に、香港の予算や財政がどうであろうと必要な予算措置をしろ、予算不足で体制強化が難しいとかの言い訳は聞かないから、と言っているものである。
随分と乱暴な条文なのだが、それが独裁中国共産党の基本姿勢なのである。
香港国家安全維持法の第6章・附則の第62条と第65条を以下に引用するので、中国共産党の独善的独裁的姿勢をご確認いただきたい。
↓
<引用開始>
第62条:香港特別行政区の現地法の規定が本法と一致しない場合は、本法の規定が適用される。
第65条:本法の解釈権は、全国人民代表大会常務委員会に帰属する。
<引用終わり>
お読みいただければ分かる通り、ワイマール憲法をひっくり返す改憲的下位法である全権委任法(*3)も真っ青なものになっているのである。
色々と書いていたら、随分と長くなってしまったので、条文各条へと踏み込んだ論考は一応終わりにする。
「第4章・案件の管轄、法の適用及び手続」以降の組織に関しての重要なものは既に触れているので、これにてご勘弁いただきたい。
「一国二制度」の本来的意味は、「共産主義国中国の主権下に香港はあるとしても、香港は自由民主主義制度での自治を認められた特別区」というものだ。
自由民主主義制度であればこそ法治主義が貫徹され、香港は国際金融取引拠点として認められ機能してきたものだ。ところが、今回の香港国家安全維持法の施行は共産主義独裁中国の思惑によるもので、その内容はここまで見てきた様に突然の「解釈変更」等が起こる蓋然性が高く、法としての予見可能性が欠落したものである。
従い、香港の金融拠点としての信用レベルは大きく損なわれた事は間違いがない。
また、各人にとっては、香港は中国本土と同程度の拘留危険性がある地域になってことも忘れてはいけないポイントである。
香港国家安全維持法の存在は、金の卵を産む香港を殺してしまうもので、合理性が感じられないものである。
そうであっても中国はこれを施行した。その背景は、推理するしか手がないのだが普通のオッサンの情報力では難しいので、今回は以上で手仕舞いとするものである。
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【文末脚注】
(*1):香港国家安全維持法の以前の論考
2020/07/04投稿:
序・香港国家安全維持法 条文の中身を求めて
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-1390.html
2020/07/05投稿:
香港国家安全維持法 条文の中身を見る(前編)
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-1391.html
2020/07/10投稿:
香港国家安全維持法 条文の中身を見る(中編)
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-1393.html
(*2):共産党が党外既存組織をコントロールする政治委員派遣の手法そのものである。「ソ連式政治委員方式」と称している手法である。
2015/12/23投稿:
【コラム】旧ソ連の政治委員制度でもやりたいのか?
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-289.html
(*3):ワイマール憲法をひっくり返す改憲的下位法である全権委任法
2016/03/25投稿:
【コラム】報ステ「ワイマール憲法」今北産業Q&A1
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-372.html
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副題:国際法を無視する中国共産党が統治する中国が法治主義の真似ごと遊び。他国主権下の国民を自国領外であっても中国の法律を以て逮捕するとの支離滅裂。
前回「中編」から続き香港国家安全維持法の条文の中身を見ていく。
本件の以前の論考は文末脚注の(*1)でリンクを貼ってあるので、ご興味があればアクセス願いたい。
今回は、前回「中編」で述べた「他の条文の規定で有名無実化される仕組み」について述べていくが、そのポイントは、香港民主化の言論やデモの企画者・参加者を逮捕する側、裁く側である香港特別行政区の行政組織・人員が、どの様な規定下に置かれているのかを条文から見ていくことにある。
香港国家安全維持法のうち半分は香港の行政組織に関する規定となっている。
該当条文は、「第2章・香港特別行政区の国家安全を維持する職責と機構」、「第4章・案件の管轄、法の適用及び手続」、「第5章・中央人民政府駐香港特別行政区国家安全維持機構」の各条文及び「第6章・附則」のうちの幾つかの条文である。
香港特別行政区の行政執行者に課せられた責務
「第2章・香港特別行政区の国家安全を維持する職責と機構」には2つの節がある。
「第1節・職責(第7条~第11条)」と「第2節・機構(第12条~第19条)」である。
第1節・職責の5つの条文のうち「香港特別行政区は」で始まる条文が3つ(第7条、第9条、第10条)、「香港特別行政区の法執行機関及び司法機関は」で始まる条文が1つ(第8条)、「香港特別行政区行政長官は」で始まる条文が1つ(第11条)である。
「香港特別行政区」の職責として3つの条文で書かれている事は、①「国家安全維持に関する法律を早急に立法せよ」(第7条)、②「国家安全維持・テロ活動防止努力を強化せよ、その為に学校、社会団体、メディア、インターネット等に対する広報、指導、監督、管理を強化せよ」(第9条)、③「学校、社会団体、メディア、インターネット等を通じて香港人に対して国家安全教育を推進せよ」である。
ここに登場する「香港特別行政区は」という語句は「日本国は」と同じ意味であり、「香港の全部の公的組織の責務」いう意味だ。
①では、香港の立法府は香港国安法に則った下位法令を作れと言っており、②&③では香港の行政府は「学校、社会団体、メディア、インターネット等」の人々がコミュニケートする総ての空間で言論統制を強め、人々を「中国共産党バンザイ」で洗脳せよと言っているものだ。
独裁者中国共産党の本性丸出しの条文である事が分かるであろう。
次の「香港特別行政区の法執行機関及び司法機関」とは、ぶっちゃければ「香港警察」と「香港の裁判所」の事だと理解してよい。
これらの司法機関の責務として、第8条では「国家の安全を脅かす行為や活動を予防、取締、処罰」して「国家の安全を効果的に維持しなければならない」と書いてあり、香港の警察や裁判所は香港国安法に基づいて執行しなければならないとする条文だ。
最後の「香港特別行政区行政長官」とは、香港のトップ(行政長官=特区首長)のことである。
第11条では「中央人民政府に対して責任を負い」とあり「国家安全を維持するための職責を履行しているかどうかの年次報告書を提出しなければならない」とある。
この記述を読んで、最初に想起されたのは、朝貢・冊封とのSinic文明圏の伝統的構造である。まったく変わっていないではないか。
どうやら、それがこの法律の本質ではないかと見ている。
香港特別行政区の機構
「第2節・機構」(第12条~第19条)との表題からは香港特別行政区の行政他組織についての規定が書かれていると思うのが普通なのだが、この節で言っていることはそういう一般的な事ではなく、統制組織の新設と「国家安全維持」との名目での新たな職責が書かれているものである。
第12条から第15条は、統制の為の新組織「国家安全維持委員会」の設置義務と新組織の職責等が書かれている。
同様、第16条は香港警察内に新たに「国家安全維持のための部門」を設置することが書かれており、第17条では、その新設部門の職責がかかれている。
また、第18条には香港の法務省に「国家安全犯罪案件検察部門」を新設する旨とその職責が書かれており、第19条には香港の財務省の職責に関する規定が書かれている。
国家安全維持委員会
「国家安全維持委員会」の構成員は第13条によれば行政長官を委員長に、主要閣僚と「国家安全維持部門の責任者、入境事務処処長、海関関長、行政長官事務室主任」等の実務責任者を以て構成すると書かれている。
どうやら、この組織は香港全体に対する治安責任を果たす組織であることが分かる。
ところが、「第2節」は「機構」の条文群であるはずなのだが、続く第14条は「国家安全維持委員会の職責」という第1節に分類すべき条項が書かれている。
杜撰な条文構成だと思う。
統制の為の新組織「国家安全維持委員会」関係の条文で一番気になったのは第15条である。
参考の為に、その全文を以下に引用する。
↓
<第15条・引用開始>
香港特別行政区国家安全維持委員会は、中央人民政府が指定した国家安全事務顧問を設置し、香港特別行政区国家安全維持委員会の事務の履行に関する事項について意見を提供する。 国家安全事務顧問は、香港特別行政区国家安全維持委員会の会議に出席しなければならない。
<引用終わり>
第15条は、「国家安全事務顧問」なる新設ポジションに関する規定である。
このそのポジションは「中央人民政府が指定」すると書いてある。
共産主義国の組織を少しは知っている方ならお分かりの事とおもうが、共産党が党外既存組織をコントロールする政治委員派遣の手法そのものである。「ソ連式政治委員方式」と称している手法である。(*2)
既存組織の決定に対してYes/Noを言う最終決定権限を持っている共産党からの派遣者の存在により、既存組織の方向性・行動を共産党中央が制御する仕組みである。
香港警察内の「国家安全維持のための部門」の新設
第16条には「香港特別行政区警務処は、法執行能力を備える国家安全維持のための部門を設置する。」と書かれている。
次の第17条で、その新部門の職責が書かれているので、その内容からは中国本土の「公安部」とか「国家安全部」の様な組織機能を持つものと類推される。
中国本土の公安部は「政治犯に対して予防拘禁を行う権利」があるそうで、自由民主主義国に於ける警察とは違う運用をしている組織であると言える。
香港に新設される公安部・国家安全部は、完全に中国本土の中国共産党によって統制・運営される組織である。
この様に言い切れるのは、以下の様に条文に書かれているからである。
<第16条から抜粋引用>
警務処国家安全維持部門の責任者は行政長官が任命し、行政長官は任命の前に本法第48条の規定する機構の意見を書面で求めなければならない。(後略)
【第48条を引用開始】
中央人民政府は、香港特別行政区に国家安全維持安全公署を設置する。(後略)
<引用終わり>
中国は自身の組織である「国家安全維持安全公署」を香港に設置するから、香港警察に新たに設置する公安組織のトップ人事を決める際には、中国の「国家安全維持安全公署」にお伺いを立てなさいよ、というものだ。
中国本土の中国共産党の御眼鏡にかなった人物によって統制・運営されるという構図だ。
中編で指摘した様に、香港国家安全維持法の中には国際社会からの批判を避ける事を目的にしたアリバイ条文が散見されるが、ここまで見てきた様に、新組織「国家安全維持委員会」やら「香港警察に新たに設置する公安組織」などは、中国共産党の統制・管理下に置かれるとの仕組みがあり、アリバイ条文は結局は有名無実化されるのである。
香港法務省に国安関係検察部門を新設せよ。国安関係費用は香港の一般財政で賄え
「第2章・香港特別行政区の国家安全を維持する職責と機構」の「第2節・機構」の最後の2つの条文のうち、第18条は香港の法務省(香港特別行政区律政司)に関する規定であり、第19条は香港の財務大臣(香港特別行政区政府の財政司長)に対する規定である。
第18条は、前述の香港警察内に中国公安部と類似する組織の新設条項と同様のもので、香港法務省内に「国家安全犯罪案件検察部門」を新設せよの条文である。
同条文によれば、新検察部門は「国家安全維持に対する犯罪案件の刑事告訴業務及びその他関連する法律事務の責任を負う」とあり、その新部門の検察官の任命には中国本土の統制下にある「国家安全維持委員会の同意を得る」ことが条件となっている。
また、検察官のトップである「律政司検察課の責任者」の人事は、上記第48条にある中国の「香港総督府」である「国家安全維持安全公署」の同意が必要であるとなっているのである。
これらは香港警察の新公安部への統制と同じ建て付けであり、警察→検察→裁判所(第8条、第41条)との一気通貫で中国共産党のご意向に背けない組織体制・組織人事になっていることが分かるものである。
次に第2章の最後の条文・第19条である。
サブタイトルにある様に、「国安関係費用は香港の一般財政で賄え」との条文である。
↓
<引用開始>
第19条:香港特別行政区政府の財政司長は、行政長官の承認を得て、国家安全のための支出と審査・許可に関わる人員編成に関して一般収入から専門の予算を割り振らなければならない。これは香港特別行政区で施行されている関連の法律規定によって制限されない。 財政司長は、該当支出の管理運営に関する年次報告書を立法会に提出することが義務付けられている。
<引用終わり>
注目いただきたいポイントは、先ず「国家安全のための支出と審査・許可に関わる人員編成に関して一般収入から専門の予算を割り振らなければならない。」との部分である。
これは「ちゃんと予算をつけろ」「費用は香港の一般収入だから(中国政府は金を出さないから)」というものだ。
次に「香港特別行政区で施行されている関連の法律規定によって制限されない。」とある様に、香港の予算や財政がどうであろうと必要な予算措置をしろ、予算不足で体制強化が難しいとかの言い訳は聞かないから、と言っているものである。
随分と乱暴な条文なのだが、それが独裁中国共産党の基本姿勢なのである。
香港国家安全維持法の第6章・附則の第62条と第65条を以下に引用するので、中国共産党の独善的独裁的姿勢をご確認いただきたい。
↓
<引用開始>
第62条:香港特別行政区の現地法の規定が本法と一致しない場合は、本法の規定が適用される。
第65条:本法の解釈権は、全国人民代表大会常務委員会に帰属する。
<引用終わり>
お読みいただければ分かる通り、ワイマール憲法をひっくり返す改憲的下位法である全権委任法(*3)も真っ青なものになっているのである。
最後に
色々と書いていたら、随分と長くなってしまったので、条文各条へと踏み込んだ論考は一応終わりにする。
「第4章・案件の管轄、法の適用及び手続」以降の組織に関しての重要なものは既に触れているので、これにてご勘弁いただきたい。
「一国二制度」の本来的意味は、「共産主義国中国の主権下に香港はあるとしても、香港は自由民主主義制度での自治を認められた特別区」というものだ。
自由民主主義制度であればこそ法治主義が貫徹され、香港は国際金融取引拠点として認められ機能してきたものだ。ところが、今回の香港国家安全維持法の施行は共産主義独裁中国の思惑によるもので、その内容はここまで見てきた様に突然の「解釈変更」等が起こる蓋然性が高く、法としての予見可能性が欠落したものである。
従い、香港の金融拠点としての信用レベルは大きく損なわれた事は間違いがない。
また、各人にとっては、香港は中国本土と同程度の拘留危険性がある地域になってことも忘れてはいけないポイントである。
香港国家安全維持法の存在は、金の卵を産む香港を殺してしまうもので、合理性が感じられないものである。
そうであっても中国はこれを施行した。その背景は、推理するしか手がないのだが普通のオッサンの情報力では難しいので、今回は以上で手仕舞いとするものである。
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【文末脚注】
(*1):香港国家安全維持法の以前の論考
2020/07/04投稿:
序・香港国家安全維持法 条文の中身を求めて
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-1390.html
2020/07/05投稿:
香港国家安全維持法 条文の中身を見る(前編)
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-1391.html
2020/07/10投稿:
香港国家安全維持法 条文の中身を見る(中編)
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-1393.html
(*2):共産党が党外既存組織をコントロールする政治委員派遣の手法そのものである。「ソ連式政治委員方式」と称している手法である。
2015/12/23投稿:
【コラム】旧ソ連の政治委員制度でもやりたいのか?
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-289.html
(*3):ワイマール憲法をひっくり返す改憲的下位法である全権委任法
2016/03/25投稿:
【コラム】報ステ「ワイマール憲法」今北産業Q&A1
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