香港国家安全維持法 条文の中身を見る(中編)
副題:国際法を無視する中国共産党が統治する中国が法治主義の真似ごと遊び。他国主権下の国民を自国領外であっても中国の法律を以て逮捕するとの支離滅裂。
前々回「序」及び
前回「前編」の続きである。
前回迄は香港国家安全維持法の条文の中身をTV画面版と全文和訳版の2つを以て突合・比較をしてきたが、TV画面版は法条文の一部の中身を大幅に省略して紹介しているものであることが確認出来たので、今回は
全文和訳版だけを題材に論じるものである。
「香港国家安全維持法」の全体構成
「香港国家安全維持法」の条文の中身を論じる前に、その全体像を以下に示す。
同法は、第1章・総則から第6章・附則までの6つの章で構成され、条文数は全部で66条である。
↓
○第1章:総則(第 1条~第6条)
○第2章:香港特別行政区の国家安全を維持する職責と機構
・第1節:職責(第7条~第11条)
・第2節:機構(第12条~第19条)
○第3章:罪と罰則
・第1節:国家分裂罪(第20条~第21条)
・第2節:国家権力転覆罪(第22条~第23条)
・第3節:テロ活動罪(第24条~第28条)
・第4節:外国又は境外勢力と結託して国家の安全を脅かす罪(第29条~第30条)
・第5節:その他の処罰規定(第31条~第35条)
・第6節:効力範囲(第36条~第39条)
○第4章:案件の管轄、法の適用及び手続(第40条~第47条)
○第5章:中央人民政府駐香港特別行政区国家安全維持機構(第48条~第61条)
○第6章:附則(第62条~第66条)
全体像を示されただけでは、何の事か分からないと思うので、以下に、この法律の問題点を述べる。
「第1章:総則」の概要と注意点
我が国の法律の場合、だいたいが第1条にその法律の立法目的、第2条にその法律で使用されている語句の定義などが書かれている。中国の法律の場合も同様で、第1章・総則の各条文には、この法律の立法目的他が書かれている。
ただし「似ている」のは構成だけであり、中身は全然違う。
前回・前々回で言及した事なのだが、中国は共産党独裁国家であり、我が国や他の自由民主主義先進国とは基本的価値観が異なっており、同じ語句が使用されていても、その概念が違っていることが多々あるので、注意が必要なのだ。
同法の第1条の冒頭には「本法は「一国二制度」「港人治港」の高度な自治の方針を堅実かつ完全かつ正確に実行し、国家安全を維持し、・・・」となっているので、あたかも自由民主主義国と同等の自治が保障されているのかの様な誤解が生じてしまう。
同様、第1条の中段には「香港特別行政区居民の合法的な権利と利益を保障するために」との記述がある。
※条文を都度引用すると字数が多くなり読むのが大変だと思うので、引用は必要最低限とする。疑問ある場合は、論考のベースとなった「
全文和訳版」の元ページを各位が都度参照願いたい。
いったいどの様な「自治」「合法的な権利と利益」なのか、と言うと、これらは共産主義独裁国家での価値観に基づく「自治」「権利」であり、自由民主主義国での自治や権利の概念とは異なるものである。
自由民主主義とは異なる共産主義の価値観
共産主義の価値観を一言で言うと、「人民の為に」との「看板」である。
その「看板」の概要を以下に紹介する。
資本主義・自由主義経済は、市場に於ける自由な経済取引を原則とする考え方であるが、その必然として定期的な不況(大幅な不況が経済破綻や経済恐慌)が起こり、その度に労働者が苦しむので、その様な経済体制は「人民の為にならない」、また「労働者が日々搾取される資本主義生産様式をダメ」として、社会の需要に対して生産する方式=計画経済体制にして資本主義の悪い面を改善するとの考え方が原初にある。
その「理想的」な計画経済体制を実行・実現化する為には、強力な指導力の下に「合理的な規制」を以て「人民の為に」政治・経済を遂行する指導者の存在が必要だとして、人民を指導する党として存在するのが「人民の為に」働く共産主義者の党・共産党だとするものだ。
共産党は「人民の為に」活動する党であり、それを否定する勢力は人民の為にならない。
よって共産党以外は「人民の為にならない」ので、その存在を認めない、との「プロレタリアート独裁」を是とするものである。
この時点で、自由民主主義の根幹制度である自由選挙は否定される。
「人民の為に」活動する党である共産党以外の政党に政権が移る可能性がある自由選挙は「人民の為にならない」のである、との設定なのである。
そういう偽看板の設定が根幹にある中国共産党支配下での「自治」とは、「唯一指導党・中国共産党に従い、それに背かない範囲内での自己決定」という意味である。
この事を明示する為にあるのが、第1条にある「国家安全を維持し、・・・」である。
これは、「中国共産党を唯一指導党とする中華人民共和国体制の維持」との「絶対条件」を意味し、その下での「自治」であり、その下で「香港特別行政区居民の合法的な権利と利益を保障する」としているものである。
こういう事なので、所謂「香港民主化」という、自由選挙で行政の長を選ぶとの制度を要求する行為は、中国では国家の安全を棄損する行為に該当し違法となり、権利も利益も保障されないとなるのである。
共産主義・人民共和国での「民主主義」とは何か
「人民共和国」=共産主義国家の設定では「人民の為に」との看板で唯一指導党の共産党が「人民の為に」国家運営をしているので、「「民が主」の主義」=「民主主義」だとするものである。
共産主義者の設定によれば、これは既存の自由民主主義を超える「人民の為の」体制であるらしい。御断りである。
中華人民共和国の他に「人民共和国」=共産主義国家を名乗る国で、地理的に日本にもっとも近いのは「朝鮮民主主義人民共和国」=北朝鮮である。
北朝鮮が「人民の為」になっているのかと言うと、「金王朝」と揶揄される(*1)様に、北朝鮮の人民の立場は欧州中世暗黒時代の農奴と大差がない事が知られている。
これは自由民主主義での価値観に基づく評価である。
その一方、北朝鮮自身の設定では、朝鮮労働党(北朝鮮の共産党の名称)は「人民の為に」政治をしているので「民主主義」だ、というものだ。
価値観規定自体はその国の自由
香港国家安全維持法が共産主義の価値観で書かれていることを説明してきたのだが、誤解していただきたくない事がある。
各国が自国の主権に基づき、どの様な価値観の国家を築くのかは、その国の自由であるのだから、共産主義国が共産主義の価値観により法令を制定すること自体はその国の自由であり、批判の対象にはしていない。
当方が香港国家安全維持法に共感できない・反感を持つのは、国民・人民に自己決定権がない共産主義の価値観で策定されているからである。
各国が自国の価値観を以て法令を制定する事例で、当方が容認している事例を紹介しておく。
ドイツ憲法(基本法)を例にとれば、同法は自由民主主義国の憲法で多々見られる「基本概念の提示+但し書きでの例外規定」という書き方をしており、同法の基本的人権条項の1つである「結社の自由」条項の第9条の第1項では「すべてのドイツ人は、団体および組合を結成する権利を有する」との基本概念の提示がなされているのだが、第2項では「目的または活動において刑法律に違反している結社、または憲法的秩序もしくは国際協調の思想に反する結社は、禁止される」との例外規定が書かれており、自由民主主義の価値観以外を信奉する結社は「禁止対象」だと書かれている。
この事は以前の論考
「「ナチスはドイツ憲法で禁止」との慣用句」(*2)にて述べている事なので、ご興味あれば一読願いたい。
共産主義の価値観で書かれた香港国安法の中のアリバイ条文
一国二制度の香港の自由民主主義を破壊する香港国家安全維持法の中には、国際社会からの批判を避ける事を目的にしたアリバイ条文が散見されるので、それらを紹介しておく。
これらは、他の条文の規定で有名無実化される仕組みが準備されていることから、書いてあるだけで、何等の実効性はないものである事を最初に指摘しておく。
最初に出てくるのは、「第1章:総則」の第4条である。
以下に第4条を引用する
↓
<引用開始>
第4条:香港特別行政区は、国家安全を維持するために人権を尊重し、保障するとともに、香港特別行政区基本法と《市民的及び政治的権利に関する国際規約》、《経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約》に基づいた言論・報道・出版の自由、結社・集会・行進・デモの自由などを法に基づいて保護しなければならない。
<引用終わり>
この条文を読むと、あたかも「言論・報道・出版の自由、結社・集会・行進・デモの自由」が自由民主主義国と同等に認められているかの様に読めてしまうが、そうではない。
前段に「人権を尊重し、保障する」目的は「国家安全を維持するため」と明示されている様に、自由民主主義国で保障されている様な国政批判や体制批判は「国家安全を棄損する」として認められない旨がちゃんと書かれているのである。
これらの言論や集会やデモは「法に基づいて保護」する対象ではないのである。
「法に基づいて保護」しない対象は、「第3章:罪と罰則」の各条で明示されており、第4条でうたわれている「言論・報道・出版の自由、結社・集会・行進・デモの自由」などは有名無実であることが分かるであろう。
「第3章:罪と罰則」で明示されている禁止事項の紹介
「第3章:罪と罰則」の各節では「国家安全を維持するため」に禁止し、犯罪だとしている各種の罪が羅列されている。
それらをざっと紹介する。
<引用開始>
◆第1節:国家分裂罪
・第20条:何人も国家を分裂させ、国家の統一を破壊することを目的として、次に掲げる行為を組織し、計画し、実行し、又はその実行に参与した場合、武力の行使又は武力による威嚇の有無にかかわらず、罪に問われる。
(一)香港特別行政区又は中華人民共和国のその他の部分を中華人民共和国から分離すること。
(二) 香港特別行政区又は中華人民共和国のその他の地域の法的地位を不法に変更すること。
(三) 香港特別行政区又は中華人民共和国のその他の部分を外国の支配下に移すこと(以下略)
<引用終わり>
お読みいただければ分かる通り、香港での所謂「民主化」運動は国家分裂罪だとする条文である。
「一国二制度」のはずの香港なのだが、唯一指導党・中国共産党の統制下から逸脱することは認められない、選挙で香港行政府の長を選出するとの自由民主主義体制は認めない、それは罪であるとするものである。
従い、「民主化」のデモや主張は、前述した第4条にある「言論・報道・出版の自由、結社・集会・行進・デモの自由」には含まれないのである。
尚、同じ第1節の次の第21条は、第20条に該当する行為への煽動・幇助・教唆・資金援助他支援も国家分裂罪に該当するとの条文である。
<引用開始>
◆第2節:国家権力転覆罪
第22条:何人も、武力、脅迫又はその他の不法な手段によって国家権力を破壊することを目的とする次に掲げる行為を組織し、計画し、実行し、又はこれに参与した場合、罪に問われる。
(一) 中華人民共和国憲法に定める中華人民共和国の基本的な制度を転覆させ、又は破壊すること。
(二)中華人民共和国又は香港特別行政区の政権機関を転覆させること。
(三) 中華人民共和国の中央政権機関又は香港特別行政区の政権機関の法に基づく職能の履行を著しく妨害し、阻害し、又は破壊すること。
(四) 香港特別行政区の政権機関がその職能を履行する場所や設備を攻撃したり、損傷させたりして、その職能の履行を不能にすること。(以下略)
<引用終わり>
第2節の国家権力転覆罪は、前述の第1節・国家分裂罪とほぼ同じである。
第1節・国家分裂罪が目的・意図を軸足に書かれているのに対して、第2節・国家権力転覆罪は行為・行動に軸足を置いて書かれていると理解して良い。
要するに、香港民主化との意志を持って確信的に主張したりデモをするのではなく、騒然とした雰囲気に乗って騒擾を起こす人達は何処の国にもいる訳で、そういう人達を罰するとの規定であり、民主化デモの盛り上がりを防止する規定であると考える。
尚、同節の次の23条は第22条に該当する行為への煽動・幇助・教唆他も罪に問われるとの条文である。
次の第3節・テロ活動罪(第24条~第28条)と第4節・外国又は境外勢力と結託して国家の安全を脅かす罪(第29条~第30条)に関しては、普通の国なら存在して当然の規定なので特にコメントはない。
第3節・テロ活動罪の諸規定は、むしろ、中共の超限戦で、敵国に潜入した工作員が実行する破壊活動の例示の様に思えて、怖くて仕方がない。
また、第4節は外患誘致・スパイ行為を罪とする条文なのだが、こちらも、やられているとしたら怖くて仕方がない。
続く第5節・その他の処罰規定(第31条~第35条)は、「懲役○○年」とかの刑罰の規定なので省略する。問題は、第3章・罪と罰則の最後の節である第6節:効力範囲(第36条~第39条)である。
問題条文・第3章・第6節・効力範囲の第38条
第6節:効力範囲の第36条~第39条の4つの条文は、香港国家安全維持法が適用される「範囲」を示す条文である。
先ず第36条では「香港特別行政区内」との「地理的範囲(Where)」を示している。
これは当たり前である。我が国の刑法に違反する行為を我が国国土=我が国の主権が及ぶ範囲で行えば、それが日本人であろうと外国人であろうと違反行為になる。
次の第37条では「香港特別行政区永久居民、又は香港特別行政区に設立された企業や団体・・・」とある様に、「人物・団体」との「対象者(Who)の範囲」を示しているのだが、第37条の後段には「香港特別行政区外で本法に規定する罪を犯した場合、本法が適用される」とある。
これは、香港の法が適用されない他国に於いても、「香港人に対しては世界中何処にいても適用するぞ」というものである。
例えば、香港の人がアメリカや日本に来て「民主化運動への支援協力要請デモ」をした場合も処罰対象となるというものだ。
問題なのは次の第38条である。
第38条では「対象者(Who)の範囲」と「地理的範囲」の両方が示されている。
第38条での「対象者(Who)の範囲」は「香港特別行政区の永住権を有しない者」と書いてあるので、「香港の永住権を持たない人」である「日本人の貴方も私も対象範囲」となってしまう条文だ。
また第38条での「地理的範囲」は「香港特別行政区の外で」と書いてあるので、「香港じゃない国」である「日本での行動も対象範囲」となってしまう条文だ。
これでは、当方が、言論の自由が保障されている日本国内で「中国共産党独裁を香港に適用する事は不当だ」との論考を発表する行為さえも「香港国家安全維持法が適用され、「罪の問われる」事になってしまう条文である。
この条文の構造は、上記した日本人・日本国内をアメリカ人・アメリカ国内に変えても同じである。
要するに、中国共産党が制定した香港国家安全維持法は、現在の世界秩序の根源たる国家主権概念さえも否定したものである。
「世界秩序の破壊」との語句に対して大袈裟、あり得ないと感じたのなら、それは中国に翻弄されている証拠である。
むしろ、中国は現在の西欧文明ベースの世界秩序を変革したがっているのである。
中国が目指す新たな世界秩序に関しては以前の論考(*3)を参照願いたい。
<長くなったので項を分けます>
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【文末脚注】
(*1):「金王朝」と揶揄される北朝鮮
2017/03/17投稿:
北朝鮮「金王朝」との皮肉
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-630.html(*2):以前の論考「「ナチスはドイツ憲法で禁止」との慣用句」
2017/08/25投稿:
「ナチスはドイツ憲法で禁止」との慣用句
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-739.html<ドイツ憲法・第9条([結社の自由]>
すべてのドイツ人は、団体および組合を結成する権利を有する。
同第2項 目的または活動において刑法律に違反している結社、または憲法的秩序もしくは国際協調の思想に反する結社は、禁止される。
同第3項 労働条件および経済条件の維持および改善のために団体を結成する権利は、何人に対しても、またいかなる職業に対しても、保障する。この権利を制限し、または妨害しようとする取り決めは、無効であり、これを目的とする措置は、違法である。1段の意味における団体が、労働条件および経済条件を維持し改善するために行う労働争議に対しては、第12a条、第35条2項および3項、第87a条4項および第91条による措置をとることは許されない。
<引用終わり>
(*3):むしろ、中国は現在の西欧文明ベースの世界秩序を変革したがっているのである。中国が目指す新たな世界秩序に関しては以前の論考を参照願いたい。
↓
2019/05/29投稿:
先の大戦後の現在の世界情勢は第三段階にある
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-1190.html2018/10/11投稿:
ヘゲモニーチャレンジャー中国・事大主義小中華韓国
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-1032.html【ご参考】
2019/05/17投稿:
ヘゲモニーチャレンジ宣言をした中国Part1
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-1180.html2019/05/19投稿:
ヘゲモニーチャレンジ宣言をした中国Part2
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-1181.html2019/05/20投稿:
ヘゲモニーチャレンジ宣言をした中国Part3 Final
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