安倍首相・国連演説2018(中編)
- 2018/10/02
- 21:38
安倍首相・国連演説2018(中編)

副題:今年2018年の国連演説も我が国の立場を明確に述べ、法に基づく世界秩序の維持・継続・発展を訴えるものであった。一言で言えば地球儀を敷衍する実現性あるビジョンを示したものだと言える。
前回論考の続きである。
現地時間2018年9月25日(日本時間26日)、アメリカ・ニューヨークの国連本部・総会にて、昨年に引き続き安倍首相が一般討論演説をした。その紹介・論考の続きである。
安倍首相の国連演説の全文は前回論考の文末脚注の(*3)に引用してあるが、それを適宜抜粋引用して論を進める。
Ⅱ.個別注目点
3.「北東アジア地域の戦後構造を取除く」
冒頭部分で提示した2大テーマのもう1つが「北東アジアから戦後構造を取り除く」である。このテーマは、語句としては、今回初出のスローガンであるが、以前から、同様主旨のことを安倍首相は言っていたので、内容的には過去6年間の安倍政治の継続を表明したものである。
とは言え、「北東アジアから戦後構造を取り除く」とのスローガンは、「北東アジア」という地域的範囲の明示、「戦後構造」という語句で所謂「ヤルタ・ポツダム体制」の終焉を目指すことを述べており、これは、画期的なスローガンである。
この演説は国連総会でなされたものであるのだから、その相手は世界各国である。
これは当たり前の視点なのだが、世界各国は自分が位置する地域を中心に「世界」を考えることになる。そうなると、例えば、アフリカ諸国や欧州諸国から見れば、地理的に自分達から遠く離れた「北東アジア地域」の話をしても関心が薄くなるのは仕方がない事である。
そういう事なので、安倍首相は、最初にロシア・プーチン大統領との話を出している。「領土問題を解決してロシアとの平和条約を締結する」との話である。
「北東アジア地域」の話の最初がロシアとの問題である事は、欧州地域にとって「ロシア」は「自分達の問題」であり、無関心対象ではなくなる。
「日露の平和条約が成ってこそ、北東アジアの平和と繁栄は、より確かな礎を得るのです」との位置付けから、「北東アジア地域」の話が、ただ単に、その地域だけの問題ではなく、地球上の多くの地域が関係する問題だという事を説明するに充分な位置付けである。
日露の関係が進展すれば、それは欧州地域とは無関係ではなく、地球儀を敷衍するビジョンを示したものだと言える。
ロシアの次の「北東アジア地域」の具体例は北朝鮮である。
昨年(2017年)の国連総会での安倍首相の演説は主として北朝鮮問題の本質を説明するものであったが、今回は、その解決の条件である「拉致、核・ミサイル問題の解決」の提示と解決した場合に期待される「明るい北朝鮮の姿」が示されている。
「明るい北朝鮮の姿」とは、ちゃんと「拉致、核・ミサイル問題の解決」した場合には、こんな良い事が待っているのだよとの誘い水である。この誘い水は昨年の演説の中にも登場したものである。
北朝鮮問題に関しては、幾度も論考してきたので、その詳細は繰り返さないが、あの様な国家が核・弾道ミサイルを保持し続けることは我々日本人にとってのリスクであり、許容できるものではない。また、国際社会にとっても、北朝鮮という「火薬庫」が存在し続けることは望ましくなく、そうであるからこそ国連安保理で非核化解決するまでは経済制裁を続けることが決議されたものだ。
ロシアとの平和条約・北朝鮮の拉致、核・ミサイル問題の解決に続くのが日中関係である。
ここでは首脳間往来だけが取り上げられ、安倍首相の訪中と来年の習近平の来日予定が紹介されている。
それだけなのは、この次のテーマとして語られる「自由で開かれたインド・太平洋戦略」につなげる為の「枕」だからである。
中国のやっている国際ルールを無視する行為は、国連総会で指摘すべき行為であるのだが、それを「自由で開かれたインド・太平洋戦略」で語ることは巧みである。
尚、「北東アジア地域の戦後構造を取除く」というテーマであるのだが、その地域に存在する韓国に関しての言及は一切ない。
これも実に巧みである。なまじ触れると、斜め上の反応を示すのが常である韓国については、個別的に言及する必要性はなく、大きな構造の中で取り除けばよいのである。
4.自由で開かれたインド・太平洋戦略
「自由で開かれたインド・太平洋戦略」とのスローガンが初めて登場したのは、2017年9月の安倍首相インド訪問時の日印共同声明が初めてだったと記憶している。(*1)
それ以前は、日米を基軸とする太平洋戦略が主であり「インド洋」との地域的名称は登場していなかったと記憶している。
「自由で開かれたインド・太平洋戦略」の意義は2つあり、1つは地域的な意味で、麻生政権時に提示された「自由と繁栄の弧」と同じく、太平洋、インド洋を明示していることと、もう1つは「自由で開かれた」「自由と繁栄」という基本理念の提示である。
知っての通り、中国はそのDNAにSinic文明(*2)を色濃く持っており、華夷秩序・中華思想が、その根本原理として存在している。
中国の根本原理に対等互恵とかの考え方はなく、支配者中華とそれ以外の東夷・北狄・西戎・南蛮の「支配・被支配」、「上下関係」との考え方である。我々日本文明の考え方とは異質である。
そういう中国の考え方が顕在化している事象に南シナ海の「九段線」(*3)がある。
我々日本人が、あの「九段線」を地図で見れば「オイオイ張り出し過ぎで、他国を圧迫し過ぎ」だと感じるであろう。しかし、これは日本人だけの感覚ではない。
実際、オランダ・ハーグの国際仲裁裁判所では2016年7月12日に、この「九段線」とその囲まれた海域に対して中国が一方的に主張してきた「歴史的権利」に対して、「国際法上の法的根拠がなく、国際法に違反する」とするとの判断を下している。
そうであるにも関わらず、判断が示された後も中国は同地域での不法占拠をやめていない。
要するに、中国は、国際ルールよりも自身が持つ華夷秩序・中華思想に基づいて行動しているという事だ。
同地域は公海であり、誰もが自由に航行できる場所であるのだが、それに中国は反しているので、米軍などは「航行の自由作戦」等で「アカンじゃろ」と警告しているのである。
こういう中国の傍若無人に対しては、G7サミット首脳宣言では毎回、南シナ海・東シナ海との具体的地域名を出して「法に基づく自由な海洋利用」が阻害されていると指摘し続けている(*4)のだが、中国は「カエルの面にナントヤラ状態」である。
今回の安倍首相の国連演説では、「自由で開かれたインド・太平洋戦略」とのテーマで、中国がやっている傍若無人とは真逆の、制度に裏打ちされた法とルールの支配に基づく海洋秩序を推進する旨を宣言している。
前テーマである「北東アジア地域の戦後構造を取除く」と、この「自由で開かれたインド・太平洋戦略」は、実はワンセットである。
安倍首相は本テーマの冒頭で以下の様に述べている。
<引用開始>
北東アジアから対立構造を除いた時、北極海から日本海、太平洋、インド洋へと抜ける海の回廊は、一層重みを増していきます。
<引用終わり>
ここで示されているのは、地理的な視点だけではない。
特に、「北極海」との地域が出てきたことが従前とは違う。
安倍首相の地球儀を敷衍するビジョン・戦略では、以前から存在していたものだと推察されるが、具体的名称として「北極海」が出てきたことは、同ビジョン・戦略のphaseが一歩進んだものと思われる。
従前のインド太平洋構想での航海ルートイメージは、我が国の生命線であるオイルロード(*5)と一致しており、日本列島を起点に南シナ海を南下してマラッカ海峡と通りインド洋に出て、ホルムズ海峡からペルシャ湾に向かうものであった。また、ペルシャ湾ではなくアフリカ大陸東岸に向かうものを含むものだった。
今回、「北極海」が登場することで、安倍首相は、「自由で開かれたインド・太平洋戦略」の恩恵をロシアも受ける事が可能だとプーチンに対して「誘い水」を向けているのである。
タヌキである(笑)。 実に頼もしいタヌキである。
地理的なことを言いながら、実際は地政学的なブレークスルーをロシアに対して提案しており、この回廊の恩恵を受けるつもりがロシアにあるのなら、「領土問題を解決してロシアとの平和条約を締結する」との話を、ロシア・プーチンも世界秩序の中で対応しなさいよ、という意味である。
ここで示されている事が、地理的な視点だけではなく、地政学的であることは、安倍首相が言っている、我が国・日本列島が、この回廊の「真上に位置し」ておりとの地理的視点に続き、「広いEEZを持つ日本は、この海域と、またその上の空域が安全で平和であることを望みます」と述べていることからも明らかである。
その上で、この回廊の沿岸国・周辺国であるASEAN諸国、太平洋島嶼国の事を述べている。
インド・太平洋戦略に於けるASEAN諸国に関しては、2017年9月の日印共同声明(文末脚注の(*1)で紹介済)に大事な仲間だとの明示があり、太平洋島嶼国に関しては、以前論考した「太平洋・島サミット「PALM18」」(*6)にて紹介した通り、とかく忘れられがちな小国なのだが、これら太平洋島嶼国には少なからず戦前我が国が信託統治していた南洋諸島が含まれており、我が国としては、けして忘れて良い地域ではない。
逆に言えば、ASEAN諸国、太平洋島嶼国にとって、安倍首相が示した「自由で開かれたインド・太平洋戦略」は自分達に不利になる話ではないと分かるはずである。
更に、安倍演説は、同戦略のバックボーンとして日米豪印ダイヤモンド構想に言及し、以下の様に「海洋秩序は制度に裏打ちされた法とルールの支配」である旨を述べているのである。
<引用開始>
思いを共有する全ての国、人々と共に、開かれた、海の恵みを守りたいからです。洋々たる空間を支配するのは、制度に裏打ちされた法とルールの支配でなくてはなりません。そう、固く信じるがゆえにであります。
<引用終わり>
当たり前のことを述べているのであるが、この「当たり前」の事が中国にとっては「困った主張」になるのであり、我が国にとっては「北東アジア地域の戦後構造を取除く」ことになるのである。
直接的に中国の暴虐を批判するのではなく、こういう当たり前の積み重ねで、特異な中国のセンチメントに対しての国際社会に認識を喚起していくやり方は、実に賢いと思う。
安倍演説は、これに続き、「マレーシア、フィリピン、スリランカからの留学生」の話をしている。これら「留学生」が学んだのは「海上保安政策」であり、その修士号を得たことを述べている。その上で、最後に以下の様に重要項目を繰り返している。
<引用開始>
海洋秩序とは、力ではなく法とルールの支配である。そんな不変の真理を学び、人生の指針とするクラスが、毎年日本から海に巣立ちます。実に頼もしい。自由でオープンなインド・太平洋の守り手の育成こそは、日本の崇高な使命なのです。
<引用終わり>
2回目の繰り返し部分には「力ではなく」との言葉が入っているのは、「力での現状変更」をやっている中国が対象であることは、中国との具体的国名を示さなくても、誰にでも分かる話である。
我が国が提示している海洋秩序は、中国の傍若無人とは対極にある「皆のもの」である。
そして、「皆のもの」は、皆がそれぞれが守り、互いに協力して維持するものだとの発想である。
この件については、別途、詳しく述べるつもりであるが、長くなったので項を分け、今回はここまでとする。
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【文末脚注】
(*1):2017年9月の安倍首相インド訪問時の日印共同声明
外務省HP 平成29年(2017年)9月14日
安倍総理大臣のインド訪問 (平成29年9月13日~15日)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/s_sa/sw/in/page3_002218.html
日印共同声明 - 自由で開かれ、繁栄したインド太平洋に向けて
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000290053.pdf
※PDFファイル。スマホの方は注意
【ご参考】
2017/09/17投稿:
安倍首相・インド訪問
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-754.html
(*2):Sinic文明は我々日本文明の考え方とは異質である。
2017/12/21投稿:
情報認識が冷戦時代のままではダメでしょ
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-829.html
【ご参考】
2015/09/12投稿:
【コラム】記紀と聖書
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-207.html
(*3):南シナ海の九段線
2016/08/19投稿:
東シナ海・南シナ海
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-487.html
(*4):中国の傍若無人に対しては、G7サミット首脳宣言では毎回指摘し続けている
<2018年カナダ>2016/06/16投稿:
G7カナダ・シャルルボワサミット(関税問題ばかりじゃない)
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-959.html
<2017年イタリア>2017/05/30投稿:
G7サミット・イタリア2017首脳宣言
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-681.html
<2016年日本>2016/06/07投稿:
【コラム】伊勢志摩G7サミット首脳宣言の概要(後編)
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-429.html
<2015年ドイツ>2016/06/05投稿:
【コラム】G7サミットを「報道しない自由」
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-427.html
(*5):オイルロード
2015/10/08投稿:
【コラム】機雷の話
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-227.html
2015/10/24投稿:
【コラム】基礎知識「中東」について4
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-241.html
(*6):以前論考した「太平洋・島サミット「PALM18」」
2018/06/03投稿:
太平洋・島サミット「PALM18」
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-947.html
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副題:今年2018年の国連演説も我が国の立場を明確に述べ、法に基づく世界秩序の維持・継続・発展を訴えるものであった。一言で言えば地球儀を敷衍する実現性あるビジョンを示したものだと言える。
前回論考の続きである。
現地時間2018年9月25日(日本時間26日)、アメリカ・ニューヨークの国連本部・総会にて、昨年に引き続き安倍首相が一般討論演説をした。その紹介・論考の続きである。
安倍首相の国連演説の全文は前回論考の文末脚注の(*3)に引用してあるが、それを適宜抜粋引用して論を進める。
Ⅱ.個別注目点
3.「北東アジア地域の戦後構造を取除く」
冒頭部分で提示した2大テーマのもう1つが「北東アジアから戦後構造を取り除く」である。このテーマは、語句としては、今回初出のスローガンであるが、以前から、同様主旨のことを安倍首相は言っていたので、内容的には過去6年間の安倍政治の継続を表明したものである。
とは言え、「北東アジアから戦後構造を取り除く」とのスローガンは、「北東アジア」という地域的範囲の明示、「戦後構造」という語句で所謂「ヤルタ・ポツダム体制」の終焉を目指すことを述べており、これは、画期的なスローガンである。
この演説は国連総会でなされたものであるのだから、その相手は世界各国である。
これは当たり前の視点なのだが、世界各国は自分が位置する地域を中心に「世界」を考えることになる。そうなると、例えば、アフリカ諸国や欧州諸国から見れば、地理的に自分達から遠く離れた「北東アジア地域」の話をしても関心が薄くなるのは仕方がない事である。
そういう事なので、安倍首相は、最初にロシア・プーチン大統領との話を出している。「領土問題を解決してロシアとの平和条約を締結する」との話である。
「北東アジア地域」の話の最初がロシアとの問題である事は、欧州地域にとって「ロシア」は「自分達の問題」であり、無関心対象ではなくなる。
「日露の平和条約が成ってこそ、北東アジアの平和と繁栄は、より確かな礎を得るのです」との位置付けから、「北東アジア地域」の話が、ただ単に、その地域だけの問題ではなく、地球上の多くの地域が関係する問題だという事を説明するに充分な位置付けである。
日露の関係が進展すれば、それは欧州地域とは無関係ではなく、地球儀を敷衍するビジョンを示したものだと言える。
ロシアの次の「北東アジア地域」の具体例は北朝鮮である。
昨年(2017年)の国連総会での安倍首相の演説は主として北朝鮮問題の本質を説明するものであったが、今回は、その解決の条件である「拉致、核・ミサイル問題の解決」の提示と解決した場合に期待される「明るい北朝鮮の姿」が示されている。
「明るい北朝鮮の姿」とは、ちゃんと「拉致、核・ミサイル問題の解決」した場合には、こんな良い事が待っているのだよとの誘い水である。この誘い水は昨年の演説の中にも登場したものである。
北朝鮮問題に関しては、幾度も論考してきたので、その詳細は繰り返さないが、あの様な国家が核・弾道ミサイルを保持し続けることは我々日本人にとってのリスクであり、許容できるものではない。また、国際社会にとっても、北朝鮮という「火薬庫」が存在し続けることは望ましくなく、そうであるからこそ国連安保理で非核化解決するまでは経済制裁を続けることが決議されたものだ。
ロシアとの平和条約・北朝鮮の拉致、核・ミサイル問題の解決に続くのが日中関係である。
ここでは首脳間往来だけが取り上げられ、安倍首相の訪中と来年の習近平の来日予定が紹介されている。
それだけなのは、この次のテーマとして語られる「自由で開かれたインド・太平洋戦略」につなげる為の「枕」だからである。
中国のやっている国際ルールを無視する行為は、国連総会で指摘すべき行為であるのだが、それを「自由で開かれたインド・太平洋戦略」で語ることは巧みである。
尚、「北東アジア地域の戦後構造を取除く」というテーマであるのだが、その地域に存在する韓国に関しての言及は一切ない。
これも実に巧みである。なまじ触れると、斜め上の反応を示すのが常である韓国については、個別的に言及する必要性はなく、大きな構造の中で取り除けばよいのである。
4.自由で開かれたインド・太平洋戦略
「自由で開かれたインド・太平洋戦略」とのスローガンが初めて登場したのは、2017年9月の安倍首相インド訪問時の日印共同声明が初めてだったと記憶している。(*1)
それ以前は、日米を基軸とする太平洋戦略が主であり「インド洋」との地域的名称は登場していなかったと記憶している。
「自由で開かれたインド・太平洋戦略」の意義は2つあり、1つは地域的な意味で、麻生政権時に提示された「自由と繁栄の弧」と同じく、太平洋、インド洋を明示していることと、もう1つは「自由で開かれた」「自由と繁栄」という基本理念の提示である。
知っての通り、中国はそのDNAにSinic文明(*2)を色濃く持っており、華夷秩序・中華思想が、その根本原理として存在している。
中国の根本原理に対等互恵とかの考え方はなく、支配者中華とそれ以外の東夷・北狄・西戎・南蛮の「支配・被支配」、「上下関係」との考え方である。我々日本文明の考え方とは異質である。
そういう中国の考え方が顕在化している事象に南シナ海の「九段線」(*3)がある。
我々日本人が、あの「九段線」を地図で見れば「オイオイ張り出し過ぎで、他国を圧迫し過ぎ」だと感じるであろう。しかし、これは日本人だけの感覚ではない。
実際、オランダ・ハーグの国際仲裁裁判所では2016年7月12日に、この「九段線」とその囲まれた海域に対して中国が一方的に主張してきた「歴史的権利」に対して、「国際法上の法的根拠がなく、国際法に違反する」とするとの判断を下している。
そうであるにも関わらず、判断が示された後も中国は同地域での不法占拠をやめていない。
要するに、中国は、国際ルールよりも自身が持つ華夷秩序・中華思想に基づいて行動しているという事だ。
同地域は公海であり、誰もが自由に航行できる場所であるのだが、それに中国は反しているので、米軍などは「航行の自由作戦」等で「アカンじゃろ」と警告しているのである。
こういう中国の傍若無人に対しては、G7サミット首脳宣言では毎回、南シナ海・東シナ海との具体的地域名を出して「法に基づく自由な海洋利用」が阻害されていると指摘し続けている(*4)のだが、中国は「カエルの面にナントヤラ状態」である。
今回の安倍首相の国連演説では、「自由で開かれたインド・太平洋戦略」とのテーマで、中国がやっている傍若無人とは真逆の、制度に裏打ちされた法とルールの支配に基づく海洋秩序を推進する旨を宣言している。
前テーマである「北東アジア地域の戦後構造を取除く」と、この「自由で開かれたインド・太平洋戦略」は、実はワンセットである。
安倍首相は本テーマの冒頭で以下の様に述べている。
<引用開始>
北東アジアから対立構造を除いた時、北極海から日本海、太平洋、インド洋へと抜ける海の回廊は、一層重みを増していきます。
<引用終わり>
ここで示されているのは、地理的な視点だけではない。
特に、「北極海」との地域が出てきたことが従前とは違う。
安倍首相の地球儀を敷衍するビジョン・戦略では、以前から存在していたものだと推察されるが、具体的名称として「北極海」が出てきたことは、同ビジョン・戦略のphaseが一歩進んだものと思われる。
従前のインド太平洋構想での航海ルートイメージは、我が国の生命線であるオイルロード(*5)と一致しており、日本列島を起点に南シナ海を南下してマラッカ海峡と通りインド洋に出て、ホルムズ海峡からペルシャ湾に向かうものであった。また、ペルシャ湾ではなくアフリカ大陸東岸に向かうものを含むものだった。
今回、「北極海」が登場することで、安倍首相は、「自由で開かれたインド・太平洋戦略」の恩恵をロシアも受ける事が可能だとプーチンに対して「誘い水」を向けているのである。
タヌキである(笑)。 実に頼もしいタヌキである。
地理的なことを言いながら、実際は地政学的なブレークスルーをロシアに対して提案しており、この回廊の恩恵を受けるつもりがロシアにあるのなら、「領土問題を解決してロシアとの平和条約を締結する」との話を、ロシア・プーチンも世界秩序の中で対応しなさいよ、という意味である。
ここで示されている事が、地理的な視点だけではなく、地政学的であることは、安倍首相が言っている、我が国・日本列島が、この回廊の「真上に位置し」ておりとの地理的視点に続き、「広いEEZを持つ日本は、この海域と、またその上の空域が安全で平和であることを望みます」と述べていることからも明らかである。
その上で、この回廊の沿岸国・周辺国であるASEAN諸国、太平洋島嶼国の事を述べている。
インド・太平洋戦略に於けるASEAN諸国に関しては、2017年9月の日印共同声明(文末脚注の(*1)で紹介済)に大事な仲間だとの明示があり、太平洋島嶼国に関しては、以前論考した「太平洋・島サミット「PALM18」」(*6)にて紹介した通り、とかく忘れられがちな小国なのだが、これら太平洋島嶼国には少なからず戦前我が国が信託統治していた南洋諸島が含まれており、我が国としては、けして忘れて良い地域ではない。
逆に言えば、ASEAN諸国、太平洋島嶼国にとって、安倍首相が示した「自由で開かれたインド・太平洋戦略」は自分達に不利になる話ではないと分かるはずである。
更に、安倍演説は、同戦略のバックボーンとして日米豪印ダイヤモンド構想に言及し、以下の様に「海洋秩序は制度に裏打ちされた法とルールの支配」である旨を述べているのである。
<引用開始>
思いを共有する全ての国、人々と共に、開かれた、海の恵みを守りたいからです。洋々たる空間を支配するのは、制度に裏打ちされた法とルールの支配でなくてはなりません。そう、固く信じるがゆえにであります。
<引用終わり>
当たり前のことを述べているのであるが、この「当たり前」の事が中国にとっては「困った主張」になるのであり、我が国にとっては「北東アジア地域の戦後構造を取除く」ことになるのである。
直接的に中国の暴虐を批判するのではなく、こういう当たり前の積み重ねで、特異な中国のセンチメントに対しての国際社会に認識を喚起していくやり方は、実に賢いと思う。
安倍演説は、これに続き、「マレーシア、フィリピン、スリランカからの留学生」の話をしている。これら「留学生」が学んだのは「海上保安政策」であり、その修士号を得たことを述べている。その上で、最後に以下の様に重要項目を繰り返している。
<引用開始>
海洋秩序とは、力ではなく法とルールの支配である。そんな不変の真理を学び、人生の指針とするクラスが、毎年日本から海に巣立ちます。実に頼もしい。自由でオープンなインド・太平洋の守り手の育成こそは、日本の崇高な使命なのです。
<引用終わり>
2回目の繰り返し部分には「力ではなく」との言葉が入っているのは、「力での現状変更」をやっている中国が対象であることは、中国との具体的国名を示さなくても、誰にでも分かる話である。
我が国が提示している海洋秩序は、中国の傍若無人とは対極にある「皆のもの」である。
そして、「皆のもの」は、皆がそれぞれが守り、互いに協力して維持するものだとの発想である。
この件については、別途、詳しく述べるつもりであるが、長くなったので項を分け、今回はここまでとする。
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【文末脚注】
(*1):2017年9月の安倍首相インド訪問時の日印共同声明
外務省HP 平成29年(2017年)9月14日
安倍総理大臣のインド訪問 (平成29年9月13日~15日)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/s_sa/sw/in/page3_002218.html
日印共同声明 - 自由で開かれ、繁栄したインド太平洋に向けて
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000290053.pdf
※PDFファイル。スマホの方は注意
【ご参考】
2017/09/17投稿:
安倍首相・インド訪問
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(*2):Sinic文明は我々日本文明の考え方とは異質である。
2017/12/21投稿:
情報認識が冷戦時代のままではダメでしょ
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【ご参考】
2015/09/12投稿:
【コラム】記紀と聖書
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-207.html
(*3):南シナ海の九段線
2016/08/19投稿:
東シナ海・南シナ海
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-487.html
(*4):中国の傍若無人に対しては、G7サミット首脳宣言では毎回指摘し続けている
<2018年カナダ>2016/06/16投稿:
G7カナダ・シャルルボワサミット(関税問題ばかりじゃない)
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-959.html
<2017年イタリア>2017/05/30投稿:
G7サミット・イタリア2017首脳宣言
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-681.html
<2016年日本>2016/06/07投稿:
【コラム】伊勢志摩G7サミット首脳宣言の概要(後編)
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-429.html
<2015年ドイツ>2016/06/05投稿:
【コラム】G7サミットを「報道しない自由」
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-427.html
(*5):オイルロード
2015/10/08投稿:
【コラム】機雷の話
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-227.html
2015/10/24投稿:
【コラム】基礎知識「中東」について4
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-241.html
(*6):以前論考した「太平洋・島サミット「PALM18」」
2018/06/03投稿:
太平洋・島サミット「PALM18」
http://samrai308w.blog.fc2.com/blog-entry-947.html
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